「売上の根拠を書けなかった」——日本政策金融公庫の創業融資に落ちた方から相談を受けるたびに、同じ言葉を聞く。公庫の創業計画書には「事業の見通し」という欄があり、ここで売上・経費・利益の根拠を問われる。この欄がおざなりになっていると、審査担当者は「事業者自身も数字に自信がないのでは」と判断して謝絶に傾く。
まずは現場を見させてもらってから、というのが私の流儀だ。30年、東北で行政書士をやってきた。地元信金や商工会との関係は太い。創業融資の相談では、申込書の書き方より先に「あなたの商圏の昼間人口を調べたことはあるか」と聞く。9割の方が「ない」と答える。
本記事では、公庫の創業融資審査で「売上の根拠」が通らない3つのパターンを解説し、その解決策として行政書士30年の現場から「骨格メモ3点セット」を提案する。
なぜ公庫の審査担当者は「売上の根拠」を重視するか
日本政策金融公庫の創業融資(新規開業・スタートアップ支援資金)の審査通過率は、一般的に50〜60%程度と言われている。落ちる方の大半は、事業計画書の「売上根拠」が弱い。
公庫の審査担当者は全国の創業案件を大量に見ている。地域の商圏規模・業種の一般的な客単価・固定費水準——これらを審査担当者はベンチマークとして持っている。その目に「根拠なき売上計画」はすぐに見抜かれる。
逆に言えば、地元データに裏付けられた数字を示せる申請者は「ちゃんと準備してきた事業者」として高く評価される。公庫が融資するのは計画ではなく人だ。計画の数字の精度が、その人の事業への本気度を映す。
審査落ちの連絡を受けた後、否決の電話で「今後再申請するとしたらどのあたりを改善すればよいですか」と一つだけ聞いた方が、担当者から「売上見込みの根拠が薄かった」「競合との差別化が見えなかった」「経費積算が不足していた」という具体的なヒントをもらえることが多い。パターンはこの3つに収束している。
パターン1:客数×客単価の計算式が地元商圏の昼間人口と乖離している
最も多い失敗だ。
「1日50人来店、客単価2,000円、月25日営業で月商250万円」——こんな数字を創業計画書に書いてくる方がいる。計算式自体は合っている。だが根拠がない。
審査担当者が最初に確認するのは「その数字は現実的か」だ。店舗候補地の半径500メートルの昼間人口を確認すれば、1日50人という数字が地元商圏で成立するかどうかが分かる。商圏人口が1,000人しかいない郊外エリアで「1日50人来店」を計画していれば、「集客の根拠はどこにあるか」と突っ込まれる。
さらに業種によっては想定来店率(商圏人口の何パーセントが1ヶ月に1度来店するか)の想定が必要になる。美容室であれば1ヶ月に1回、カフェであれば週1〜2回のリピーターを仮定するのが一般的だ。この想定を示さずに客数だけを書くと、根拠なき数字と判断される。
解決策:jSTAT MAP(総務省統計局の地理情報システム)で候補地半径500m〜1kmの昼間人口・夜間人口を調べる。e-Statにアカウント登録すれば無料で利用でき、1時間もあれば基本的な商圏データが取れる。その数字を元に、来店率の仮定を明記して客数を計算する。「半径500m昼間人口8,200人のうち月1回来店を5%と仮定すると月410人→1日換算で約17人」という形だ。この数字に自分の集客施策(SNS・チラシ配布・口コミ)を組み合わせて説明すると、審査担当者に納得感が生まれる。
パターン2:競合分析が業界マクロデータだけで、半径1km以内の実地調査がない
「飲食業界は市場規模25兆円で……」「美容業界の年間消費額は……」——こういった業界全体のマクロデータを競合分析として書いてくる方がいる。
審査担当者が聞きたいのはそこではない。「あなたの店の近くに競合がいくつあって、それでもなぜあなたが選ばれるか」だ。
公庫の審査担当者は「なぜ競合よりあなたが選ばれるか」という問いに対して説得力ある答えを求めている。それには足で稼いだ情報が必要だ。マクロデータは誰でも調べられる。半径1km以内の実地調査は、申請者にしかできない情報収集だ。
半径1km以内の競合店に実際に足を運び、メニュー・価格・席数・混み具合・営業時間を確認する。その比較表を創業計画書に添付するだけで、審査担当者の印象は大きく変わる。「よく調べてきた」という評価が、面談の空気を変える。
解決策:候補地から半径1km以内の競合を実際に歩いて調査する。半日あれば十分だ。調査項目は(1)競合店数、(2)価格帯、(3)混み具合の時間帯、(4)自分との差別化ポイントの4点。A4用紙1枚の「競合マップ」にまとめて添付する。
信金担当者と先に握っておくのが筋だが、この競合調査のメモは公庫面談にも信金相談にも使える。一度作れば二度使える資料だ。商工会への様式4(小規模事業者持続化補助金の事業支援計画書)でも同じ競合調査が役立つ。
パターン3:経費積算が甘く、損益分岐点の「穴」が見えている
「売上は250万円、原価率30%で粗利175万円、家賃15万円なので利益は160万円」——この計算を見た審査担当者は首をひねる。
水道光熱費は?保険料は?広告費は?消耗品費は?自分の人件費(役員報酬または事業主の生活費)は?
飲食業であれば水道光熱費で月8〜15万円、店舗保険で月1〜2万円、消耗品費で月3〜5万円かかる。これらを丸ごと抜かした事業計画書では「経費の見積もりが甘い=事業への理解が浅い」と判断される。
特に見落とされやすいのが「自分の生活費」だ。個人事業主の場合、事業利益から生活費を賄う。月15万円の生活費が必要なら、その分を固定費として計上しないと「この事業は自分を食わせられるか」という審査担当者の疑問に答えられない。
以前、こんな相談を受けた。東北のある30代の女性が整体院の開業を計画していた。事業計画書の数字はきれいに見えたが、よく見ると固定費に施術ベッドのリース料・消耗品費・広告費が含まれていなかった。粗利からこれらを差し引くと月の利益はほぼゼロになる。つまり自分の生活費が出ない計画だった。公庫の審査担当者はこういった「穴」を即座に見つける。
解決策:経費は(1)変動費(原材料費・仕入れ)、(2)固定費(家賃・人件費・水道光熱費・通信費・保険料・リース料)、(3)その他費用(広告費・消耗品・修繕費)の3層に分けて積み上げる。日本政策金融公庫が公表している「小企業の経営指標」(業種別の平均経費率)を参照すると、自分の積算が業界平均からどれほど外れているか確認できる。商工会さんに聞いてみると、地元業種の実態に合わせた数字感覚を教えてもらえる。
解決策:公庫面談前に揃える「骨格メモ3点セット」
この3パターンを防ぐための対策は、実はシンプルだ。公庫に面談に行く前に「骨格メモ3点セット」を揃えること。
- jSTAT MAPの商圏データ(1時間):候補地を中心に半径500m・1kmの昼間人口・夜間人口・世帯数を取得してプリントアウトする。無料で使えるe-Statのアカウントを事前に作っておく。
- 競合実地調査メモ(半日):候補地周辺の競合店を歩いて調査した一覧表。価格帯・差別化ポイントを明記したA4用紙1枚にまとめる。
- 「なぜ自分がこの事業をやるか」動機200文字(30分):審査担当者は数字だけでなく「この人が本当にやりきれるか」を見ている。前職での経験・地域への思い・具体的な顧客像を、自分の言葉で200文字にまとめる。テンプレートではなく自分の言葉で書く。
この3点をA4用紙1〜2枚にまとめて公庫面談に持参する。面談は「審査」ではなく「ブラッシュアップの場」になる。担当者から「この数字はどこから来ていますか」と聞かれたとき、jSTAT MAPのプリントを出しながら説明できる——それだけで審査担当者の印象は大きく変わる。
骨格メモは商工会への相談にも使える。商工会の経営指導員は創業計画書のブラッシュアップを無料でサポートしてくれる。持参した骨格メモを見せながら「売上の根拠はこう考えています」と説明すると、経営指導員から「その客単価は高すぎませんか」「この経費が抜けています」という具体的なフィードバックがもらえる。
公庫と信金を同時に動かす
骨格メモが揃ったら、公庫と信金への事前相談を同時に始める。公庫と信用保証協会(信金経由)は同時申請が可能で、事業計画の数字は1本化して両方に提出する。
信金担当者が「この数字なら融資可能ですね」という感触を事前に示してくれると、公庫面談での自信につながる。また公庫の審査担当者は「地元の金融機関も支援してくれているか」を評価材料の一つにしている。信金と同時に動いていることを面談で伝えると、「地元金融機関の支援意思あり」という信用補完になる。
創業融資で自己資金が不足気味の場合は、特定創業支援等事業の証明書(商工会が発行)と属性要件(35歳未満・55歳以上・女性)の組み合わせで公庫の特別利率(特別利率B)が使える場合がある。信金担当者と先に握っておくのが筋で、融資コストの最小化は創業期のキャッシュフローに直結する。
よくある質問(FAQ)
Q1. 公庫の創業融資は審査にどれくらいかかりますか?
申込書提出から面談まで1〜2週間、その後結果通知まで1〜2週間が目安です。速い場合は申込から着金まで3〜4週間、秋(9〜10月)は創業相談が集中するため審査期間が長くなる傾向があります。余裕を持って申し込むことが重要です。開業予定日の2〜3ヶ月前には申込を完了させるのが理想です。
Q2. 自己資金がゼロでも公庫の審査に通りますか?
2024年度の制度改正で自己資金要件は原則撤廃されましたが、審査のスコアリングでは自己資金比率が依然として加点項目です。融資希望額の3割程度の自己資金があると審査通過率が上がります。自己資金ゼロの場合は「なぜゼロか」の合理的な説明と、返済原資の根拠をより詳細に示す必要があります。
Q3. 創業計画書はコンサルや士業に書いてもらっても良いですか?
計画書の形式整理や数字の検算に専門家を活用することは有効です。ただし内容の丸投げは公庫の面談で見抜かれます。担当者から「この売上根拠を説明してください」と聞かれたとき、自分の言葉で答えられない計画書は採択後の事業運営でも致命的な弱点になります。まず骨格メモ(商圏データ・競合調査・動機200文字)を自分で作ってから専門家に見せる順序が正解です。
Q4. jSTAT MAPの使い方が分からない場合はどうすれば良いですか?
jSTAT MAPはe-Statに無料登録すれば利用できます。操作が難しい場合は商工会の経営指導員やよろず支援拠点に相談すると、使い方のレクチャーを受けられることがあります。また中小機構(中小企業基盤整備機構)の「ここからアプリ」でも同様の商圏分析機能が使えます。いずれも無料です。
Q5. 公庫の審査に落ちた場合、再申請はいつできますか?
明確な待機期間は設けられていませんが、実務上は6ヶ月程度の準備期間を取るのが一般的です。否決の電話を受けた際に「今後再申請する場合、どのあたりを改善すればよいか」と1つだけ質問することを強くお勧めします。担当者がヒントをくれることが多く、それを起点に自己資金の積み増し・商圏データの精緻化・信金との同時並行という3点の改善計画を立てます。何も変えずに再申請してもほぼ確実に再び否決されます。
まとめ
公庫の創業融資で「売上の根拠」が通らないパターンは3つだ。
- パターン1:客数×客単価が地元商圏の昼間人口と乖離している
- パターン2:競合分析が業界マクロデータだけで実地調査がない
- パターン3:経費積算が甘く損益分岐点の穴が見えている
解決策は骨格メモ3点セット——jSTAT MAP・競合実地調査・動機200文字——を公庫面談前に揃えることだ。このメモは商工会や信金への事前相談にも、持続化補助金の事業計画書にも使い回せる。1本作れば複数の窓口で役立つ。
30年間、東北でたくさんの創業者の現場を見てきた。審査担当者が融資を決めるのは「計画書が綺麗か」ではなく「この人がやり切れるか」だ。地元の商圏データを持ち込み、競合店を自分の足で歩き、自分の言葉で動機を語れる事業者——それが審査担当者の信頼を得る。創業融資の準備は、事業への本気度を形にするプロセスだ。まず現場から始めてほしい。
参考文献・参考資料
- 日本政策金融公庫「新規開業・スタートアップ支援資金」公式案内ページ(jfc.go.jp)
- 総務省統計局「地理情報システム jSTAT MAP」(e-stat.go.jp/gis)
- 中小企業基盤整備機構「jSTAT MAPを使いこなして商圏の分析をしよう!」(smrj.go.jp)
- 日本政策金融公庫「小企業の経営指標」(業種別財務データ)(jfc.go.jp)
- 中小企業庁「ミラサポplus」補助金・支援情報(mirasapo-plus.go.jp)






