結論から言うと、人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)で不支給になるスタートアップの大半は「研修を先に始めてしまう」パターンです。

私のクライアントでも、シリーズA〜Bのスタートアップが「エンジニアのリスキリング研修に助成金を使いたい」と相談に来るケースが増えています。中小企業なら経費の75%、賃金助成は1時間あたり1,000円。1事業所あたり年間上限1億円という規模感もあり、スタートアップの人材育成投資としては非常に魅力的な制度です。

ところが、スタートアップでよくあるのが「スピード重視で研修を始めてから、あとで助成金の申請を整えよう」という発想。これが不支給の入口になります。

落とし穴1:計画届を「研修開始1ヶ月前」に出していない

リスキリング支援コースでは、訓練開始日から起算して1ヶ月前までに、事業所所在地を管轄する都道府県労働局へ「職業訓練実施計画届」を提出する必要があります。

これは絶対要件です。計画届を出す前に始めた研修は、どんなに内容が優れていても助成対象外。実務上、最も多い不支給原因の1つがこの事前提出漏れです。

スタートアップの場合、CTOが「来週からこのeラーニング入れよう」とSlackで決めて即日開始、というスピード感が日常です。しかし助成金のスケジュールはそのスピード感と噛み合いません。制度を先に整えてから研修を始める——この順序を守れるかどうかが分かれ目です。

以前、シリーズBのSaaS企業でキャリアアップ助成金の支援をした際も、就業規則を3週間で整備してから申請したことで1,500万円の採択につながりました。助成金は「制度整備が先、申請は後」が鉄則。リスキリング支援コースでも同じ原則が当てはまります。

落とし穴2:令和8年4月改正で定額制サービスの要件が厳格化

2026年4月8日以降、定額制(サブスクリプション型)の研修サービスに関する支給要件が変更されました。

改正前は、受講者全員の合計受講時間が10時間以上であれば助成対象でした。つまり5人で合計10時間(1人あたり2時間)でもOKだったのです。

改正後は、1人あたり10時間以上の修了が必要になりました。

スタートアップがよく使うUdemyやSchooのようなサブスク型eラーニングで、「全員アカウントは付与したけど、実際にちゃんと受講したのは一部だけ」というケースは珍しくありません。改正後はこのパターンで不支給になります。

さらにeラーニング・通信制の訓練は、1人1訓練あたりの経費助成上限額が中小企業で15万円、大企業で10万円に設定されています。高額な研修プログラムを導入する場合、上限額を事前に確認しておかないと想定より受給額が少なくなります。

落とし穴3:訓練内容の変更届を出さずに研修を続行

計画届を無事に提出できても、研修の実施過程で内容変更が生じることがあります。講師の変更、日程の変更、カリキュラムの一部差し替え——スタートアップでは「臨機応変」が美徳ですが、助成金の世界では「変更届なき変更」は不支給の直接原因です。

変更が生じた場合は「訓練実施計画変更届」(様式第3号)を労働局に提出する必要があります。これを出さずに変更後の計画で研修を進めると、変更分は助成対象外として扱われます。

朝のSlack確認で「明日の研修、講師が体調不良で別の人に変わります」という連絡が来たとき、変更届の提出が頭に浮かぶかどうか。ここが助成金を受け取れる企業とそうでない企業の分岐点です。

令和8年度のプラス改正:2つの追い風

落とし穴ばかりではありません。令和8年度にはスタートアップにとって追い風となる改正も入っています。

1. 「人事・人材育成計画に基づく訓練」が対象に追加

2026年3月2日以降、従来の「事業展開に伴う訓練」だけでなく、企業の人事・人材育成戦略に基づき将来従事する予定の職務に関連する訓練も助成対象になりました。これにより、事業展開計画を策定していないスタートアップでも、人材育成計画があれば申請できるようになっています。

2. 設備投資加算の新設(中小企業限定)

2026年4月8日以降、訓練で使用した機器・設備と同種のものを事業所に新たに導入した場合、導入費用の50%が上乗せ支給されます。たとえばAI開発の研修で使ったGPUサーバーと同等のものを自社に導入すれば、その費用の半分が助成されるイメージです。

スタートアップが申請前にやるべき3ステップ

  1. 研修開始日を決める前に、計画届の提出スケジュールを逆算する。研修を「いつ始めたいか」ではなく「計画届をいつ出せるか」から日程を組む
  2. eラーニングの場合、受講管理の仕組みを先に構築する。1人あたり10時間以上の修了を証明できるログ管理が必須
  3. 変更が起きたら即日で社労士に連絡するオペレーションを決めておく。Slackチャンネルに社労士を入れておくだけで対応速度が変わる

この制度は令和8年度末(2027年3月31日)までの時限措置です。使えるうちに正しく使い切るためにも、スピード重視のスタートアップこそ「制度を先に整えてから動く」という発想の切り替えが必要です。

よくある質問(FAQ)

Q1. 計画届の提出期限「1ヶ月前」は営業日ベースですか?

暦日(カレンダー日)ベースです。たとえば7月15日に研修を開始するなら、6月15日までに労働局へ提出する必要があります。郵送の場合は届いた日が基準になるため、余裕を持ったスケジュールを組んでください。

Q2. 外部のオンライン研修(海外サービス含む)も対象になりますか?

対象になり得ますが、事業内職業能力開発計画に基づく業務命令としての受講であること、労働時間内に実施されること、受講記録が適切に管理されていることが要件です。海外サービスの場合、修了証明や受講時間のログが日本語で取得できるかも事前に確認してください。

Q3. すでに研修を始めてしまった場合、途中から助成対象にできますか?

計画届提出前に開始した訓練は助成対象外です。ただし、研修プログラムを一度区切り、新たな訓練として計画届を提出した上で改めて開始することは可能です。既存の受講実績は引き継げませんが、今後の分については助成を受けられます。

Q4. 令和8年度の設備投資加算は、研修とは別の設備でも対象になりますか?

訓練で「実際に使用した」機器・設備と同種のものである必要があります。研修内容と無関係な設備は対象外です。たとえばプログラミング研修で使ったPCと同等スペックのPCを業務用に導入する場合は対象になり得ますが、研修と無関係なオフィス家具などは対象外です。

Q5. キャリアアップ助成金や両立支援等助成金と併用できますか?

制度の目的が異なるため、同一の経費に対する二重受給でなければ併用は可能です。ただし、同一の労働者の同一期間の訓練に対して複数の助成金を申請する場合は、調整が入ることがあります。事前に労働局に確認することを推奨します。

参考文献