結論から言うと、外国人エンジニアを採用しているスタートアップで人材確保等支援助成金(外国人労働者就労環境整備助成コース)の相談が増えていますが、申請まで辿り着けるのは相談件数の半分以下です。「外国人を雇っているなら使えるでしょ」という認識で動くと、雇用労務責任者・離職率・就業規則多言語化の3つで躓きます。
この記事では、スタートアップが外国人労働者就労環境整備助成コースで不支給になる3つのパターンと、令和8年4月改正で変わった申請ハードルの変化を整理します。
外国人労働者就労環境整備助成コースの概要|最大72万円の支給額と必須・選択措置
まず制度の基本を押さえます。外国人労働者就労環境整備助成コースは、外国人労働者の職場定着を目的とした助成金で、就労環境整備計画を策定・実施した事業主に対して支給されます。
支給額
- 賃金要件を満たさない場合:支給対象経費の1/2(上限57万円)
- 賃金要件を満たす場合:支給対象経費の2/3(上限72万円)
賃金要件とは、外国人労働者の賃金が計画期間終了後に5%以上増加していることです。スタートアップで昇給テーブルがある企業なら自然に満たせるケースが多い。
必須措置(2つとも実施が必要)
- 雇用労務責任者の選任(3ヶ月ごとに1回以上の面談実施)
- 就業規則等の多言語化(外国人労働者が理解できる言語への翻訳)
選択措置(1つ以上を実施)
- 苦情・相談体制の整備
- 一時帰国のための休暇制度
- 社内マニュアル・標識類の多言語化
計画期間は3ヶ月以上1年以内。計画書は計画期間初日の1ヶ月前までに都道府県労働局に提出する必要があります。
パターン1:雇用労務責任者をCTOに兼任させて面談記録がゼロ
スタートアップでよくあるのが、「うちはCTOが外国人メンバーと毎日話してるから大丈夫」というパターンです。制度を先に整えてから運用する発想がないと、ここで確実に引っかかります。
なぜ不支給になるのか
雇用労務責任者は3ヶ月ごとに1回以上、全ての外国人労働者と面談を実施し、その記録を残す必要があります。審査で確認されるのは以下の3点です。
- 面談の出席簿(日時・参加者の記録)
- 面談で使用した資料(ヒアリングシート等)
- 面談の実施者が雇用労務責任者本人であること
CTOが日常的に1on1をしていても、それが「雇用労務責任者としての面談」として記録されていなければ意味がありません。Slackでの雑談やスタンドアップでの会話は面談記録として認められない。
対策:バックオフィス担当者を雇用労務責任者に選任する
雇用労務責任者は専任である必要はなく、人事・総務担当者が兼任できます。CTOではなく、バックオフィスの担当者を選任し、面談記録のテンプレートを用意して定期的に実施する体制を作るのが正解です。
以前、シリーズBのSaaS企業でCTOが雇用労務責任者を兼務していたケースでは、エンジニア5名との面談が一度も記録されていませんでした。バックオフィス担当者に切り替え、四半期ごとの面談スケジュールをカレンダーに入れるだけで記録の問題は解決しました。
パターン2:外国人労働者が少人数のため1人の離職で離職率要件アウト
計画期間終了後の一定期間における外国人労働者の離職率が15%以下であることが支給要件です。大企業なら15%のバッファは大きいですが、スタートアップでは話が違います。
少人数企業の離職率リスク
| 外国人労働者数 | 1人離職時の離職率 | 要件(15%以下) |
|---|---|---|
| 3人 | 33.3% | × |
| 5人 | 20.0% | × |
| 7人 | 14.3% | ○ |
| 10人 | 10.0% | ○ |
外国人労働者が6人以下の場合、1人でも離職すると要件を満たせません。スタートアップで外国人エンジニアが3〜5人というのは典型的な規模感ですが、この人数帯ではリスクが極めて高い。
対策:申請前に在籍安定性を確認する
- 計画提出前に、外国人労働者全員の在留資格の残存期間を確認する
- ビザ更新のタイミングと計画期間が重ならないようスケジュールを調整する
- 離職リスクが高い(契約更新時期が近い、転職活動の兆候がある等)メンバーがいる場合は、計画の開始時期を遅らせる判断も必要
- 外国人労働者が10人以上になってから申請するのも一つの戦略
パターン3:就業規則の多言語化を機械翻訳のまま提出して品質不足で差し戻し
就業規則の多言語化は必須措置の一つですが、「Google翻訳でPDFを作って終わり」では審査を通りません。
機械翻訳だけでは不十分な理由
- 労働法特有の用語(例:「普通解雇」「懲戒処分」「休職」)は、機械翻訳では日常語に誤訳されることが多い
- 就業規則は法的文書であり、外国人労働者が正確に理解できる品質が求められる
- 審査時に翻訳の妥当性が問われた場合、機械翻訳のみでは説明がつかない
対策:機械翻訳+ネイティブチェックの2段階で進める
実務上は以下の2段階が標準です。
- 第1段階:機械翻訳(DeepL等)でベースを作成
- 第2段階:対象言語のネイティブスピーカー(社内の外国人社員や外部の翻訳者)にレビューを依頼
翻訳費用は助成対象経費に含められるため、外部の翻訳会社への委託費用も経費計上できます。朝のヨガの後にSlackで確認していたら、あるクライアントが「翻訳費用まで助成対象とは知らなかった」と驚いていましたが、むしろ翻訳費用こそがこの助成金の本来の使い道です。
令和8年4月改正で何が変わったか|社会保険要件廃止と早期申請制度
令和8年4月1日付けの改正で、申請ハードルが大きく下がりました。
改正1:社会保険要件の全面廃止
従来は「事業所が社会保険の適用事業所であり、労働者が被保険者であること」が要件に含まれていましたが、この要件と関連する添付書類(社会保険料納入証明書・賃金台帳等)が全面廃止されました。
これにより、社会保険の適用対象外の事業所や、加入手続きが完了していない企業でも申請が可能になります。スタートアップの創業初期でまだ社保手続きが整っていない段階でも、この助成金は使える可能性が出てきました。
改正2:早期申請制度の新設
以下の2条件を満たす場合、整備措置の実施日の翌日から2ヶ月以内に早期申請が可能になりました。
- 雇用労務責任者が講習を受講していること
- 整備措置実施日前6ヶ月間に解雇等がないこと
従来は計画期間の終了後に申請する流れでしたが、早期申請制度を使えば資金回収までの期間を短縮できます。スタートアップのキャッシュフローを考えると、この改正は実務上大きなメリットです。
経過措置に注意
令和8年4月1日より前に就労環境整備計画を提出済みの場合は、旧規定(令和7年度)が適用されます。社会保険関連の書類提出が引き続き必要になる場合があるため、計画提出日を確認してください。
スタートアップが申請前に確認すべき5つのチェックポイント
- 雇用労務責任者の選任先:CTOではなくバックオフィス担当者を選任し、面談テンプレートを用意しているか
- 外国人労働者の人数と離職リスク:6人以下なら1人の離職で要件アウト。在留資格の残存期間を確認しているか
- 就業規則の多言語化品質:機械翻訳+ネイティブチェックの2段階で進める体制があるか(翻訳費用は助成対象)
- 計画書の提出タイミング:計画期間初日の1ヶ月前までに労働局に提出する必要がある。外部委託の契約は計画認定後に行うこと
- 早期申請の活用:雇用労務責任者講習の受講と、6ヶ月間解雇なしの2条件で早期申請が可能か確認
よくある質問(FAQ)
Q1. 外国人労働者が1人でも申請できますか?
制度上は申請可能ですが、離職率要件(15%以下)を考えると、1人が離職した時点で離職率100%になるためリスクが極めて高い。最低でも7人以上の外国人労働者がいる状態での申請が現実的です。
Q2. 令和8年度の改正で社会保険に加入していなくても申請できるようになったのですか?
はい。令和8年4月1日付けの改正で、社会保険の適用事業所要件と被保険者要件が全面廃止されました。ただし、雇用保険の適用事業所であることは引き続き必要です。
Q3. 就業規則の翻訳は社内の外国人社員にやってもらっても大丈夫ですか?
社内のネイティブスピーカーによる翻訳・レビューでも問題ありません。ただし、労働法の専門用語が正確に訳されているか確認するため、社労士や専門の翻訳会社との連携を推奨します。外部翻訳費用は助成対象経費に含められます。
Q4. 計画期間中に外国人労働者を新たに採用した場合、その社員も対象になりますか?
計画期間中に新たに雇用した外国人労働者も就労環境整備の対象に含まれます。ただし、離職率の算定対象にもなるため、人数が増えることで離職率のバッファが広がるメリットがある一方、新規採用者の早期離職リスクも考慮が必要です。
Q5. キャリアアップ助成金など他の助成金と併用できますか?
人材確保等支援助成金(外国人労働者就労環境整備助成コース)は、キャリアアップ助成金や人材開発支援助成金など他の助成金と併用可能です。ただし、同一の経費を二重に助成金の対象にすることはできません。外国人エンジニアの正社員化でキャリアアップ助成金を使いつつ、就労環境整備で本コースを併用する設計は合理的です。
まとめ|制度を先に整えてから申請する発想がスタートアップには必要
人材確保等支援助成金(外国人労働者就労環境整備助成コース)は、令和8年度の改正で社会保険要件が撤廃され、早期申請制度も新設されたことで申請ハードルは確実に下がっています。しかし、雇用労務責任者の面談記録、離職率の事前シミュレーション、就業規則多言語化の品質という3つの実務要件で不支給になるスタートアップは後を絶ちません。
助成金は人事制度の副産物です。外国人労働者の定着環境を本気で整えた結果として助成金が付いてくる——その順序を間違えなければ、最大72万円の受給は十分に射程圏内です。





