スタートアップ専門社労士の藤田です。

結論から言うと、フリーランス・業務委託として働いていた人を正社員に切り替えたケースでは、キャリアアップ助成金(正社員化コース)が使えない可能性が高いです。スタートアップでよくあるのが、「最初はフリーランスとして参画してもらい、相性が良ければ正社員に」という採用パターン。人件費リスクを抑えながらスキルを見極められるので合理的ですが、この流れで助成金を申請しようとすると、構造的に不支給になるケースが多発しています。

この記事では、フリーランスから正社員への切替えでキャリアアップ助成金が使えない3つの理由と、それでも助成金を活用する方法を解説します。

前提:キャリアアップ助成金(正社員化コース)の対象者は「雇用されている」有期雇用労働者

キャリアアップ助成金の正社員化コースは、有期雇用労働者(パート・契約社員等)を正社員に転換した場合に支給される助成金です。令和8年度の支給額は、有期→正社員で1人40万円(重点支援対象者は80万円)。しかし、大前提として対象となるのは「雇用契約に基づいて働いている有期雇用労働者」であり、業務委託契約のフリーランスは対象外です。

では、フリーランスを一度有期雇用に切り替えてから正社員にすればいいのか? そう単純にはいきません。

理由①:転換前3年以内に業務委託で関わっていた場合は対象外(3年ルール)

キャリアアップ助成金の支給要件には、「正社員転換の前3年以内に、当該事業主の事業所で業務委託、請負等として就労していた者は対象外」という明確な除外規定があります。

つまり、フリーランスとして1年間プロダクト開発に参画してもらい、その後有期雇用→正社員に切り替えても、業務委託終了から3年以内であれば助成金の対象になりません。

制度を先に整えてから採用設計をする発想がないと、「正社員にしてから助成金を申請しよう」と後追いで動いたときに、この3年ルールに引っかかることになります。

スタートアップが特に引っかかる構造

  • 創業初期はフリーランスに依存する傾向が強く、コアメンバーほど業務委託歴がある
  • シリーズA〜Bで正社員化を進めるタイミングが、フリーランス参画開始から2〜3年以内であることが多い
  • 関連会社(グループ会社)での業務委託も対象に含まれるため、出向元・出向先の関係でも引っかかる

理由②:フリーランス期間の「労働者性」が発覚すると偽装請負リスク

フリーランスを正社員に切り替える際、もう一つのリスクが「偽装請負」の問題です。業務委託契約のフリーランスに対して、実態として以下のような働き方をさせていた場合、労働基準法上の「労働者」と判断されるリスクがあります。

  • 始業・終業時刻を指定していた
  • 他社の業務を受けることを制限していた(専属性)
  • 業務遂行の方法について具体的な指揮命令をしていた
  • 報酬が時間単位で計算されていた

2024年11月に施行されたフリーランス保護新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)の影響もあり、フリーランスの労働者性に対する目は厳しくなっています。

以前、シリーズBのSaaS企業のIPO労務監査を担当したとき、エンジニアの業務委託契約を調査したところ、Slack上で始業報告をさせていたり、他案件の受注を事実上禁止していたケースが発覚しました。助成金の問題以前に、IPO審査で「偽装請負」を指摘されるリスクがあるため、フリーランスの働き方そのものの見直しが必要です。

理由③:有期雇用に切り替えた後の「雇用期間」と「契約実態」の問題

仮に3年ルールをクリアできたとしても、フリーランスから有期雇用に切り替えた後の雇用契約の設計で躓くケースがあります。

よくある失敗パターン

パターンA:内定時に正社員前提と伝えてしまう

フリーランスとして実績がある人を有期雇用に切り替える際、「すぐ正社員にするから」と口頭やSlackで伝えてしまうケース。内定通知書やオファーレターに正社員前提の文言があると、実質的に無期雇用と判断され、キャリアアップ助成金の「有期雇用からの転換」という要件を満たしません。

パターンB:有期契約の合理的理由が説明できない

すでにスキルが証明済みのフリーランスを有期雇用にする場合、「スキル見極め」という理由が成立しにくいです。有期契約にする合理的理由(プロジェクト単位の業務、季節性など)を明文化できないと、IPO審査で「なぜ有期契約だったのか」を問われたときに説明が破綻します。

パターンC:クラウド労務ソフトのテンプレートで「期間の定めなし」のまま発行

朝のヨガの後にSlackを確認すると、クライアントから「SmartHRで労働条件通知書を発行したけど確認してほしい」という連絡が来ることがあります。確認すると、クラウド労務ソフトのデフォルト設定が「期間の定めなし」になっていて、有期雇用のはずなのに無期雇用の通知書を発行しているケースが後を絶ちません。

それでも助成金を活用する3つの方法

フリーランスからの切替えではキャリアアップ助成金が使えない場合でも、別の助成金を活用できるケースがあります。

方法1:3年ルールの期間経過を待って有期雇用から再スタート

業務委託終了から3年以上経過していれば、改めて有期雇用→正社員転換のフローでキャリアアップ助成金を申請できます。ただし、これは現実的にフリーランスとの関係が途切れている場合にのみ有効です。

方法2:人材開発支援助成金(リスキリング支援コース)を活用

フリーランスから有期雇用に切り替えた社員に対して、研修を実施することで人材開発支援助成金を申請できます。研修費用と賃金の助成が受けられるため、キャリアアップ助成金の代替として検討する価値があります。

方法3:フリーランスとは別の新規採用者でキャリアアップ助成金を申請

フリーランスからの切替え社員ではなく、ハローワーク等を通じた新規の有期雇用採用者を対象にキャリアアップ助成金を申請する方法です。バックオフィス採用などでは特に有効で、ハローワーク経由なら特定求職者雇用開発助成金との併用も検討できます。

よくある質問(FAQ)

Q1. フリーランスとして1ヶ月だけ関わった場合も3年ルールの対象ですか?

はい、期間の長短は問いません。業務委託契約に基づいて当該事業所で就労した実績があれば、3年ルールの対象になります。たとえ1件のスポット案件であっても、契約書や請求書が残っていれば「業務委託として就労していた」と判断される可能性があります。

Q2. 業務委託していた会社の子会社で雇用した場合はどうですか?

対象外となる可能性が高いです。キャリアアップ助成金の除外規定は「当該事業主の事業所」だけでなく、密接な関連のある事業主も含みます。親会社で業務委託→子会社で有期雇用というスキームは、審査で否認されるリスクがあります。

Q3. フリーランス時代に使っていたSlackやGitHubのアカウントが残っていると問題になりますか?

直接的に助成金の審査で問題になるわけではありませんが、IPO労務監査では業務委託の実態を調査する際にSlackログやツールのアクセス権限が証拠として確認されることがあります。業務委託終了時にアクセス権限を適切に管理していないと、「継続的な雇用関係があった」と判断されるリスクがあります。

Q4. フリーランス保護新法(2024年11月施行)で助成金の取り扱いは変わりましたか?

キャリアアップ助成金の3年ルール自体は変わっていません。ただし、フリーランス保護新法の施行により、業務委託契約の実態が「雇用」と判断されるハードルが下がっています。偽装請負と判断された場合、業務委託期間が実質的に雇用期間として認定される可能性があり、助成金の申請設計がさらに複雑になります。

Q5. キャリアアップ計画書は有期雇用への切替え前に届出が必要ですか?

はい、キャリアアップ計画書は正社員転換の取組実施日の前日までに届出が必要です。フリーランスから有期雇用に切り替える段階で、将来の正社員転換を見据えてキャリアアップ計画書を届出しておく必要があります。3年ルールに該当しないことを事前に確認した上で、採用設計と同時に進めてください。

まとめ

フリーランスから正社員への切替えは、スタートアップにとって自然な採用パターンですが、キャリアアップ助成金の観点では構造的に不利な設計です。3年ルール、偽装請負リスク、有期雇用の実態証明という3つのハードルを事前に理解し、採用チャネルの設計段階から助成金の活用可能性を検討することが重要です。

助成金は人事制度の副産物です。「この人をフリーランスで使うか、最初から有期雇用にするか」を採用段階で判断できるかどうかが、後の助成金活用の成否を分けます。

参考文献