結論から言うと、キャリアアップ助成金(正社員化コース)の支給額が1人あたり40万円か80万円かを分けるのは「重点支援対象者」に該当するかどうかです。令和7年度から導入されたこの制度、スタートアップの典型的な採用パターンでは要件①②をほぼ満たせません。しかし要件③「人材開発支援助成金の訓練修了者」を使えば、研修費用の助成と正社員化の助成を同時に受け取る一石二鳥の設計が可能です。
重点支援対象者とは何か?3つの要件を整理
キャリアアップ助成金の正社員化コースにおける「重点支援対象者」とは、以下のいずれかに該当する有期雇用労働者・無期雇用労働者です。
- 要件①:雇入れから3年以上の有期雇用労働者
- 要件②:雇入れから3年未満で、過去5年間に正規雇用労働者であった期間が合計1年以下、かつ過去1年間に正規雇用労働者として雇用されていない者
- 要件③:派遣労働者、母子家庭の母等、または人材開発支援助成金の特定の訓練を修了した者
重点支援対象者に該当すれば中小企業で1人あたり80万円(2期合計)、非該当なら40万円。差額40万円は、5人転換すれば200万円です。この差を見て「80万円で予算を組んだのに40万円しか出なかった」というスタートアップからの相談が、制度導入以降かなり増えています。
スタートアップが要件①②を満たせない構造的理由
スタートアップでよくあるのが、有期契約6ヶ月→正社員転換という採用パターンです。これでは要件①の「3年以上」は到底届きません。
要件②も厳しい。スタートアップが中途で採用する人材は、前職で正社員だったケースがほとんどです。「過去5年間に正規雇用が1年以下」の条件に引っかかります。新卒採用が少ないスタートアップでは、この要件を自然に満たす候補者がまず見つかりません。
つまり、スタートアップの採用パターンと重点支援対象者の要件①②は構造的に噛み合わない。ここを理解せずに80万円で事業計画を組むと、あとで資金計画が崩れます。
要件③「人材開発支援助成金の訓練修了者」で突破する
制度を先に整えてから人事を作る、というのが私の基本方針ですが、この重点支援対象者の突破も同じ発想です。要件③は「人材開発支援助成金に係る特定の訓練を修了した者」を正社員転換した場合に該当します。
具体的には、以下の訓練が対象になります。
- 人材育成支援コースの訓練
- 教育訓練休暇等付与コースの訓練
- 人への投資促進コースの訓練
- 事業展開等リスキリング支援コースの訓練
スタートアップとの相性で言えば、事業展開等リスキリング支援コースが最も使いやすい。DX関連の研修やAI活用研修など、スタートアップが実際に必要とする内容と合致するからです。しかも令和8年度が最終年度のため、駆け込みで活用する今が最後のチャンスです。
連携設計の逆算スケジュール(実務フロー)
では実際にどう設計するか。以下の5ステップを逆算で組みます。
ステップ1:キャリアアップ計画書の届出(4月中推奨)
正社員転換の土台となるキャリアアップ計画書を管轄の労働局に届出します。4月中に届出すれば、その年度の全転換・制度変更に対応可能です。これを後回しにすると、取組実施日の後に届出が来てしまい不支給になります。以前、キャリアアップ計画書の届出が取組実施日の後になっていたスタートアップで、正社員化・賞与制度導入・労働時間延長の複数コースが同時に不支給になるケースがありました。
ステップ2:職業訓練実施計画届の提出(研修開始の1ヶ月前まで)
人材開発支援助成金の計画届を提出します。訓練開始日の1ヶ月前までに管轄の労働局へ提出が必要です。ここが最大の落とし穴。スタートアップのスピード文化で「まず研修を始めてから手続きしよう」とやると、即アウトです。
ステップ3:訓練の実施・修了
計画届に記載した内容で訓練を実施します。eラーニングの場合は1人あたり10時間以上の受講が必要(令和8年4月改正)。修了証明を必ず取得してください。
ステップ4:正社員転換
訓練修了後に正社員転換を実施します。転換日の前日までに就業規則に正社員転換規程が整備されていること、3%以上の賃金アップが行われていることが前提条件です。
ステップ5:支給申請(転換後6ヶ月の賃金支払い後)
正社員転換後、6ヶ月分の賃金を支払った日の翌日から2ヶ月以内に支給申請します。重点支援対象者の場合は2期制で、第1期(転換後6ヶ月)と第2期(転換後7〜12ヶ月)の申請が必要です。
「一石二鳥」の助成額シミュレーション
この連携設計の最大のメリットは、2つの助成金を同時に受給できる点です。
| 助成金 | 内容 | 金額(中小企業・1人あたり) |
|---|---|---|
| 人材開発支援助成金(リスキリング支援コース) | 経費助成(75%)+賃金助成(960円/時間) | 研修内容により変動(数十万円〜) |
| キャリアアップ助成金(正社員化コース・重点支援対象者) | 正社員転換助成 | 80万円(2期合計) |
| キャリアアップ助成金(訓練加算) | 人材開発支援助成金の訓練修了者の加算 | 9.5万円〜11万円 |
仮に有期契約社員3人にリスキリング研修を実施し、修了後に正社員転換した場合、キャリアアップ助成金だけで約270万円(80万円×3人+加算分)。研修費用の助成を合わせれば、総額はさらに膨らみます。これを連携設計なしで進めると、キャリアアップ助成金は40万円×3人=120万円止まり。差額150万円は、スタートアップにとって小さくありません。
連携設計で失敗する3つのパターン
パターン1:計画届を出す前に研修を開始してしまう
人材開発支援助成金は計画届の事前提出が絶対条件です。研修開始後に計画届を出しても、その研修は助成対象外。さらに、訓練を「修了」したとみなされないため、要件③の重点支援対象者にも該当しなくなります。朝7時のヨガの後にSlackを確認すると、クライアントから「先に研修始めちゃいました」という連絡が入っていることが年に何度かあります。その瞬間に80万円が40万円に変わるわけです。
パターン2:訓練修了と正社員転換の順序を間違える
重点支援対象者の要件③は「訓練を修了した者」を正社員転換することが条件です。転換後に訓練を受けても要件③には該当しません。正社員にしてから研修を受けさせる、という順序ではダメということです。
パターン3:リスキリング支援コースの最終年度を見落とす
事業展開等リスキリング支援コースは令和8年度が最終年度です。つまり2027年3月末で終了。計画届の提出から訓練修了、正社員転換、支給申請まで含めると、2026年中に計画届を出さないと間に合わないケースが出てきます。予算枯渇のリスクもあるため、早めの行動が必要です。
就業規則の事前整備がすべての土台
この連携設計を機能させるためには、就業規則の一括整備が前提です。具体的には以下の5つのチェックポイントを確認してください。
- 正社員転換規程:転換の手続き・基準が明文化されているか
- 正社員の定義:有期契約社員との区分が就業規則上で明確か
- 賃金規程:3%アップを計算できる賃金テーブルが存在するか
- 教育訓練規程:人材開発支援助成金の申請に必要な規定があるか
- 有期契約の合理的理由:IPO審査でも説明できる理由が明文化されているか
以前、シリーズBのSaaS企業で就業規則を3週間で整備し、キャリアアップ助成金で1500万円の採択を得たことがあります。そのとき痛感したのは、助成金は副産物だということ。就業規則を整える本来の目的を取り戻せば、採択は自然についてきます。
よくある質問(FAQ)
- Q1. 重点支援対象者の要件③で使える研修は、外部のeラーニングでもいいですか?
- A. はい、人材開発支援助成金の対象として認められた外部研修であれば、eラーニングも含まれます。ただし令和8年4月改正で、定額制eラーニングの場合は1人あたり10時間以上の受講が必要とされています。受講管理体制を事前に構築してください。
- Q2. 有期契約社員を採用してすぐに研修→正社員転換できますか?
- A. 研修自体は有期契約期間中に実施可能ですが、キャリアアップ助成金の正社員化コースの要件として、有期雇用期間が6ヶ月以上必要です。採用→研修→6ヶ月経過後に転換、という順序で設計してください。
- Q3. 重点支援対象者の要件①②③は併用できますか?
- A. いずれか1つを満たせば重点支援対象者に該当します。併用の必要はありません。スタートアップの場合は要件③が最も現実的なルートです。
- Q4. リスキリング支援コースが令和8年度で終了した後はどうなりますか?
- A. 事業展開等リスキリング支援コースは終了しますが、人材開発支援助成金の他のコース(人材育成支援コース、人への投資促進コース等)の訓練修了でも要件③は満たせます。ただし助成率や対象訓練の範囲が異なるため、コース終了前の活用を推奨します。
- Q5. IPO準備中でも重点支援対象者の連携設計は使えますか?
- A. 使えます。むしろIPO準備中だからこそ、就業規則の整備と助成金申請書類の統合管理を同時に進めるべきです。助成金の申請書類はIPO労務監査で掘り返されるため、最初から整合性を意識した設計が重要です。
まとめ
キャリアアップ助成金の正社員化コースで80万円を受給するための重点支援対象者の突破は、人材開発支援助成金との連携設計で実現できます。スタートアップの採用パターンでは要件①②を満たしにくい構造がありますが、要件③の訓練修了ルートは自社で設計可能です。
ポイントは3つ。計画届の事前提出を絶対に忘れないこと。訓練修了→正社員転換の順序を守ること。そして令和8年度のリスキリング支援コース最終年度を逃さないこと。制度を先に整えてから動けば、助成金は副産物として付いてきます。






