結論から言うと、生成AI研修に人材開発支援助成金(リスキリング支援コース)を使おうとするスタートアップの相談が急増しているが、令和8年8月3日の改正で「汎用的なプロンプト研修は対象外」と明確化された。この時点で計画が崩れたクライアントが複数いる。令和8年度が最終年度という焦りからか、要件確認より先に研修会社に申し込んでしまうパターンが典型だ。
スタートアップでよくあるのが、「AIを使えるチームにしたい」という経営判断は正しくても、助成金の要件設計がその判断に追いついていないケースだ。人材開発支援助成金の事業展開等リスキリング支援コースは、新事業展開や事業方針の転換に必要なスキル習得が前提になっている。「AIを活用できる人材を育てたい」という目的だけでは不十分で、「自社のどの事業展開に、どの職種の社員が、どんなスキルを習得するか」まで落とし込んでいないと、疎明書が通らない。
本記事では、スタートアップがAI・ChatGPT研修でリスキリング支援コースを申請して不支給になる3つの構造と、それぞれの対処法を整理する。
リスキリング支援コース:AI研修への適用条件を整理する
人材開発支援助成金の事業展開等リスキリング支援コースは、新たな事業の展開や事業方針の転換に伴い、新しい分野で必要となる知識・技能を習得させる訓練を対象としている。助成率は中小企業75%(大企業60%)、賃金助成は1人1時間あたり最大1,000円。令和8年度が最終年度であり、計画届は訓練開始の1ヶ月前までに提出が必要だ。
AI・生成AI研修が対象になるための主な条件は以下の通りだ。
- 事業関連性の疎明:自社の新事業展開または事業方針転換との関連性を「疎明書(様式第28号)」で証明すること(令和8年5月14日から必須)
- OFF-JT形式:通常業務とは切り離した訓練形式であること。社員が業務の合間にツールを使うだけでは対象外
- 定額制サービスの場合:1労働者・1年度1回まで(令和8年8月3日以降提出分から)、かつ1人10時間以上の修了証明が必要
- 令和8年8月3日改正:DX・GX訓練においても「概念理解や汎用的な内容にとどまるもの」は対象外と明確化。汎用的なプロンプト研修(ChatGPTの使い方入門等)は明示的に対象外
以下、この要件を知らずにスタートアップが陥る3つの不支給パターンを解説する。
スタートアップが陥る3つの不支給パターン
パターン①:「ChatGPTの使い方研修」を計画して令和8年8月改正で対象外になる
令和8年8月3日の改正で「汎用的なプロンプト研修は対象外」と明記された。具体的には「ChatGPTの基本操作・プロンプトの書き方」「生成AIの概念理解講座」「Copilotの入門研修」といった内容が該当する。
スタートアップで特に多いパターンが、「全社員にAIリテラシーを身につけさせたい」という経営判断から、汎用的なプロンプト研修を社員10〜30名規模で一斉実施しようとするケースだ。この場合、研修会社との契約前に計画届を出せていないと助成金を取り逃がすだけでなく、令和8年8月以降の改正で汎用研修として対象外になる二重の損失が発生する。
対策は「職種×事業展開の具体性」を落とし込むことだ。たとえば「営業チームがAIを使って提案資料作成の時間を50%削減し、新サービス領域の顧客開拓に充てる」という訓練計画であれば、事業展開との関連性を疎明できる。「AIが使える人材を育てたい」という漠然とした目的では、疎明書を書いた段階で詰まる。
対象になるAI研修の例:自社SaaSのカスタマーサポート業務にAIを活用した回答自動化システムを導入するために必要な、プロンプトエンジニアリングの実務スキル習得研修(特定の業務フローへの実装を訓練内容に含む)
対象外になるAI研修の例:ChatGPTの基本操作・プロンプトの書き方を学ぶ汎用的な生成AI入門研修(業務への具体的な実装を含まない概念理解レベル)
計画届の提出前に、訓練内容の「業務直結性」を社労士と一緒に確認することが前提になる。私のクライアントでも、令和8年6月に相談を受けた時点では対象になる内容だったが、8月改正後の提出タイミングで汎用研修として弾かれたケースがある。改正のタイムラグを甘く見ていると、計画届を出す前に制度が変わっている。
パターン②:ChatGPT Plusなど定額制AIサービスの月額料金を訓練経費に計上する
「ChatGPT Plusを社員分まとめて契約して、その費用を助成金で落とせないか」という相談が増えている。結論から言うと、月額サービスの利用料を「訓練経費」として単純計上することはできない。
人材開発支援助成金の「定額制サービス」要件は以下の通りだ。
- 1労働者・1年度1回まで(令和8年8月3日以降提出分)
- 1人あたり10時間以上の受講(修了証明が必要)
- 訓練の記録(受講ログ・修了証明書)の保存義務
ChatGPT PlusやClaude Proといった個人向けSaaSは、あくまでもツールの利用サービスであり、「訓練」として申請するためには別途カリキュラムと受講管理が必要だ。月額利用料をそのまま計上するのではなく、訓練プログラムとして設計された外部研修のコース費用として申請する必要がある。
また、「社員全員分のChatGPT Plusを会社契約にして定額制サービスとして申請する」というケースも問題が多い。1労働者・1年度1回制限があるため、複数の訓練に組み合わせることができない。さらに10時間以上の受講管理をChatGPT Plus単体で証明するのは、現時点では難しい。
制度を先に整えてから、というのが助成金の基本だ。「ツールを使わせて、後から助成金で回収する」という発想は、リスキリング支援コースとは根本的に噛み合わない。正しい設計は「訓練プログラムを先に設計→計画届→訓練実施→修了証明→申請」という順序だ。
パターン③:設備投資加算でAI関連SaaS・APIコストを申請して対象外になる
令和8年4月に新設された設備投資加算(中小企業のみ対象・導入費用の50%・上限150万円)を使って、「AI関連のソフトウェアやAPIコストも助成してもらおう」とするケースが散見される。これは対象外だ。
設備投資加算の対象は「実技訓練で実際に使用する機器・設備等を新たに導入する場合」に限定されている。SaaSサービス、APIの利用費用、クラウドの計算コストは「機器・設備」ではなくソフトウェア利用料として扱われ、加算の対象にならない。
対象になるのは、たとえば「AI画像認識の研修で使用するGPU搭載の研修用PC」や「製造ラインのAI検査システムのセンサー機器」など、実技訓練に直接使用するハードウェアだ。
よくある誤解のパターンを整理しておく。
| 申請しようとした経費 | 設備投資加算の対象 | 理由 |
|---|---|---|
| ChatGPT API利用費(月額) | ❌ 対象外 | SaaS利用料(機器・設備ではない) |
| AI研修用ノートPC(新規導入) | ✅ 対象になり得る | 実技訓練で実際に使用する機器 |
| GPUクラウド利用費(研修期間中) | ❌ 対象外 | クラウドサービス利用料 |
| AI検査装置(製造ラインへの新規導入) | ✅ 対象になり得る | 実技訓練で使用する設備 |
スタートアップでよくあるのが、CTO主導でAIインフラの整備計画を立て、「研修も助成金で、設備もまとめて申請しよう」と一括計上しようとするパターンだ。計画届を出す前に社労士に確認しないまま、研修会社・クラウドベンダー・PC購入をまとめて申請書類に入れてきて、申請段階でSaaSが全部弾かれる——という事例が複数ある。
AI研修が通る疎明書の書き方:事業関連性の証明ポイント
リスキリング支援コースの申請で最も重要な書類が疎明書(様式第28号)だ。令和8年5月14日から必須化されており、これを後から提出することはできない(訓練前の計画届提出時に添付が必要)。
AI研修の疎明書で事業関連性を証明するための3つのポイントを整理する。
-
「どの事業展開に向けた訓練か」を具体的に記述する
例:「当社が令和8年度から参入するBtoB向けAIデータ分析サービス事業の展開に向け、サービス開発担当者(エンジニア4名)に機械学習モデルの実装スキルを習得させる」。「全社員のAIリテラシー向上」という記述は事業展開との関連性が薄く、審査に通らない可能性が高い。 -
訓練対象者の職種と現行業務との関係を明記する
「事業展開等に必要な新たな職務に就かせるため」という要件を満たすには、現在の職務と訓練後の職務の違いを明確にする必要がある。単なる「スキルアップ」ではなく「新しい職務領域への転換」として記述する。 -
訓練内容が「業務直結」であることを示す
カリキュラムの内容が具体的な業務フローに紐づいていること。「生成AIを使った顧客対応メールの自動化システム構築実習(実際の業務データを使用)」のような記述が望ましい。汎用的な「生成AI入門」は令和8年8月改正以降は明確に対象外。
夜にIPO監査の書類をチェックしていると、就業規則とほぼ同じ構造の問題が疎明書にも出てくることに気づく。「制度のために書いた書類」は審査官に一発で見抜かれる。事業計画と訓練内容に本当の整合性がある書類だけが通る。
リスキリング支援コース+キャリアアップ助成金(重点支援対象者要件③)の連携設計
リスキリング支援コースを単独で使うより、キャリアアップ助成金の正社員化コースと連携させると助成額が大きく変わる。
キャリアアップ助成金の正社員化コースには「重点支援対象者」制度があり、要件を満たせば1人あたり80万円(通常は40万円)が支給される。重点支援対象者の要件③は「人材開発支援助成金の訓練修了者」であること——つまり、リスキリング支援コースで訓練を修了した有期雇用社員を正社員転換することで、80万円の対象になる。
スタートアップの典型的な採用パターン(有期契約6ヶ月→正社員転換)では要件①②を満たしにくいが、要件③のリスキリング連携で突破できる。具体的には:
- 有期雇用社員にリスキリング支援コースの訓練を実施(経費75%助成)
- 訓練修了後、正社員転換(重点支援対象者として80万円)
- 合計:訓練経費助成+80万円の組み合わせで一石二鳥
ただし、令和8年度がリスキリング支援コースの最終年度のため、この連携設計を活用できる期間は限られている。令和8年度内に計画届を提出し、訓練を完了させる必要がある。
令和8年度最終年度:今すぐ動くべき逆算スケジュール
令和8年9月時点でリスキリング支援コースの申請を年度内に完了させるための逆算スケジュールは以下の通りだ。
| タイミング | やること | 注意点 |
|---|---|---|
| 9月中(今すぐ) | 訓練内容の業務関連性を確認・疎明書下書き | 汎用プロンプト研修は対象外。職種×事業展開の具体化が先 |
| 10月上旬 | 計画届を都道府県労働局に提出 | 訓練開始日の1ヶ月前が必着。提出前に研修を開始すると全額対象外 |
| 11月〜2月 | 訓練実施(OFF-JT形式で記録保存) | 訓練内容変更時は変更届が必要。無断変更は助成対象外に |
| 3月末まで | 訓練修了・支給申請 | 令和8年度(最終年度)のため年度内完結が原則 |
予算の枯渇リスクもある。駆け込み申請が集中する時期は審査に時間がかかるため、早めの計画届提出が望ましい。「令和8年度が最終年度だから12月頃に動こう」では遅すぎる。
FAQ
Q1. AI研修の外部委託費用(研修会社への支払い)は対象になりますか?
A. 訓練計画届で認められた訓練の一部として実施する場合、外部委託費用(受講料)は対象経費に含まれます。ただし、委託先の研修会社が「汎用的なプロンプト研修」のみを提供している場合、令和8年8月3日改正以降は対象外になる可能性があります。契約前に訓練内容が要件を満たすか確認が必要です。
Q2. 1人の社員に複数のAI研修を受けさせたい場合、申請は1回ですか?
A. 定額制サービス以外(外部研修機関への委託等)であれば、同一訓練計画内で複数のコースを組み合わせることが可能です。ただし令和8年8月3日改正により、1労働者・1年度あたりeラーニング(定額制)は1回制限が設けられました。複数の訓練を組み合わせる場合は、計画届の段階で全体設計を確認することが必須です。
Q3. 計画届を出す前に、試しに研修を受講させてしまいました。遡って申請できますか?
A. できません。計画届の提出が訓練開始前であることは絶対要件です。訓練開始後に計画届を出した場合、その訓練分は全額助成対象外になります。「先に研修を始めてから手続きを整えよう」というスタートアップ的な発想が、この助成金では致命的なミスになります。
Q4. キャリアアップ助成金の重点支援対象者要件③との連携で注意することは?
A. 訓練修了から正社員転換の順序は厳守が必要です。「転換してから修了証が出る」という逆の順序では要件③を満たしません。また、転換後の申請期限管理も重要です。リスキリング支援コースが令和8年度最終年度のため、この連携設計は今年度内に完結させる必要があります。
Q5. 疎明書(様式第28号)はどこで入手できますか?
A. 厚生労働省のウェブサイト(人材開発支援助成金のページ)からダウンロードできます。令和8年5月14日以降の支給申請分から必須となっており、旧様式は受け付けられません。計画届を出す前の段階で、所轄の都道府県労働局に最新様式を確認することをお勧めします。
まとめ:AI研修への助成金活用は「設計先行」が鉄則
スタートアップがリスキリング支援コースでAI研修を申請して失敗するパターンは構造的だ。「AIを活用したい」という経営判断は正しい。しかし、助成金の要件設計より先に研修の申し込みや設備購入を進めてしまうことで、三重の損失(訓練経費助成なし・設備投資加算なし・キャリアアップ助成金連携なし)が発生する。
制度を先に整えてから、が基本だ。疎明書で業務直結性を証明できる訓練設計→計画届(訓練開始1ヶ月前)→訓練実施→修了→申請。この順序を守るだけで、他のスタートアップが取り逃がしている助成金を副産物として受け取ることができる。
令和8年度は最終年度だ。9月中に動き始めないと、計画届の提出から訓練完了・申請まで年度内に収まらなくなる。Slackの社労士チャンネルにこの記事を貼っておいてほしい。





