結論から言うと、スタートアップがフリーランスや業務委託メンバーを正社員に切り替えるとき、キャリアアップ助成金(正社員化コース)を使おうとして不支給になるケースが急増しています。

原因は大きく3つ。転換前3年以内の業務委託歴による除外規定フリーランス期間の労働者性(偽装請負)リスク、そして有期雇用切替え時の契約設計ミスです。

スタートアップでよくあるのが、創業初期からコアメンバーとして業務委託で関わっていた人を、シリーズA〜Bの資金調達後に正社員化するパターン。この流れ自体は自然ですが、助成金の観点では構造的に詰みやすい。順番に解説します。

パターン1:転換前3年以内の業務委託歴で対象外になる「3年ルール」

キャリアアップ助成金の正社員化コースには、転換日の前日から起算して3年以内に、当該事業主の事業所または密接な関係にある事業主のもとで業務委託等により就業していた者は対象外という除外規定があります。

これがスタートアップにとって致命的なのは、まさにコアメンバーほど創業初期から業務委託で関わっているからです。CTOやリードエンジニアが典型例で、シリーズAで法人化・正社員化しようとした時点では、業務委託歴が1〜2年ある。3年ルールに引っかかります。

しかも関連会社での業務委託も含まれる点に注意が必要です。代表が別法人を持っていて、そちらで先に業務委託契約を結んでいた場合も対象外になります。

対策

  • 3年ルールの経過を待ってから有期雇用→正社員転換のフローを組む
  • 業務委託歴のないメンバー(新規採用者)でキャリアアップ助成金を申請する
  • 業務委託歴のあるメンバーには人材開発支援助成金(リスキリング支援コース)を活用する

パターン2:フリーランス期間の「労働者性」が発覚し偽装請負リスクに

2024年11月に施行されたフリーランス・事業者間取引適正化等法(フリーランス保護新法)により、業務委託の労働者性判断基準が厳格化されました。

スタートアップの業務委託は、実態として以下のような状況になりがちです。

  • 毎日Slackで出勤報告をしている
  • 週5日、固定の時間帯に稼働している
  • 業務の進め方について細かい指示を受けている
  • 他社の仕事を受ける余裕がない(専属状態)

これらは「指揮監督下の労働」と「報酬の労務対償性」という労働者性の判断基準に該当する要素です。労働者性が認定されると、業務委託期間が実質的に雇用期間とみなされ、以下の二重リスクが発生します。

  1. 助成金リスク:実質的に無期雇用だったと判断され、有期→正社員の「転換」要件を満たさない
  2. IPO審査リスク:偽装請負として労務コンプライアンス違反を指摘される

私のクライアントでも、IPO準備中のシリーズBのSaaS企業で、エンジニアの業務委託契約を遡って確認したところ、Slackの稼働ログや勤務時間の固定化から労働者性を疑われるケースがありました。助成金の問題以前に、IPO審査で致命的な指摘になりかねない構造です。

パターン3:有期雇用切替え時の契約設計ミスで「実質無期雇用」と判断される

3年ルールをクリアした、あるいは業務委託歴のない新規メンバーをまず有期雇用で採用し、その後正社員に転換するフローを組む場合でも、契約設計で躓くケースがあります。

よくある3つのミス

  1. 面接や内定通知書で「正社員前提」と伝えてしまう:「試用期間として有期契約にするが、基本的に正社員になれる」と説明すると、実質的に無期雇用と判断されキャリアアップ助成金の対象外に
  2. 労働条件通知書の契約期間欄が曖昧:クラウド労務ソフトのデフォルトが「期間の定めなし」になっていることに気づかず発行してしまう
  3. 就業規則に正社員と有期契約社員の区分が未整備:転換の実態を証明できず不支給になる

制度を先に整えてから採用プロセスを組む。この順序を守るだけで、パターン3のミスはほぼ防げます。

フリーランスからの正社員化で使える代替の助成金戦略

3年ルールに該当するメンバーがいる場合でも、助成金を完全に諦める必要はありません。

戦略1:人材開発支援助成金(リスキリング支援コース)の活用

業務委託から有期雇用に切り替えた後、リスキリング支援コースで研修を実施すれば、経費助成+賃金助成を受けられます。さらに研修修了後に正社員転換すれば、キャリアアップ助成金の重点支援対象者要件③を満たし、1人80万円の支給対象になる可能性もあります。ただし令和8年度がリスキリング支援コースの最終年度のため、活用は時間的に制約があります。

戦略2:新規採用者でキャリアアップ助成金を申請

業務委託歴のあるコアメンバーではなく、新規に有期契約で採用した人材でキャリアアップ助成金を申請する設計です。採用チャネルの段階から助成金活用の可能性を検討するフレームワークを持っておくと、取りこぼしが減ります。

戦略3:3年ルール経過待ち+就業規則の先行整備

3年ルールの経過を待つ間に、就業規則の一括整備(正社員転換規程・賞与規定・育児介護休業規定)を先行して進めておく。制度が整った状態で3年経過後に有期雇用→正社員転換を実施すれば、キャリアアップ助成金の受給と、IPO審査の労務コンプライアンスを同時にクリアできます。

朝のヨガの後にSlackを開いたら「フリーランスのエンジニアを正社員にしたい」という相談が3件

最近、朝7時のヨガを終えてSlackを確認すると、この手の相談が立て続けに来ることがあります。シリーズA〜Bの資金調達後は採用拡大フェーズに入るため、創業期から一緒にやってきたフリーランスメンバーの正社員化が一気に進むタイミングなんです。

ただ、助成金ありきで考えると判断を誤ります。まずは人事課題として「なぜ正社員化するのか」「その人の契約履歴はどうなっているか」を整理する。助成金は人事制度の副産物として設計するのが本筋です。

FAQ

Q1. フリーランスとして2年間業務委託で関わっていた人を正社員にしたい場合、キャリアアップ助成金は使えますか?

A. 転換日の前日から3年以内に業務委託で就業していた場合は対象外です。業務委託終了から3年経過後に有期雇用→正社員転換のフローを組むか、人材開発支援助成金など別の助成金を検討してください。

Q2. フリーランス保護新法の施行で、既存の業務委託契約にどんな影響がありますか?

A. 2024年11月施行のフリーランス保護新法により、労働者性の判断基準が厳格化されました。専属性が高い・指揮命令を受けている等の実態がある場合、業務委託ではなく雇用関係と判断されるリスクが高まっています。助成金だけでなくIPO審査でも問題になるため、早期に契約実態を見直すことを推奨します。

Q3. 「正社員前提」と伝えて有期契約で採用した場合、なぜ助成金の対象外になるのですか?

A. キャリアアップ助成金の正社員化コースは「有期契約→正社員への転換」を支援する制度です。採用時点で正社員になることが前提であれば、有期契約は形式的なものに過ぎず、実質無期雇用と判断されるため対象外になります。

Q4. 3年ルールは関連会社での業務委託も含まれますか?

A. はい。「密接な関係にある事業主」での業務委託も3年ルールの対象です。代表者が同じ別法人や、資本関係のあるグループ会社での業務委託歴も確認が必要です。

Q5. 業務委託歴のあるメンバーに使える助成金はありますか?

A. 人材開発支援助成金(リスキリング支援コース)は業務委託歴に関わらず、有期雇用で採用した後に研修を実施すれば申請可能です。ただし令和8年度が最終年度のため、早めの計画届提出が必要です。

参考文献