結論から言うと、グローバル採用を行うスタートアップがキャリアアップ助成金(正社員化コース)で不支給になる原因の中で、最近急増しているのが英語オファーレターと日本語の就業規則・労働条件通知書の不整合です。
シリーズA〜Bの資金調達後にエンジニアやPdMをグローバルに採用するスタートアップが増えていますが、CTO名義で発行する英語のオファーレターに「正社員前提」の表現が紛れ込んでいるケースが後を絶ちません。この記事では、私が実際に支援した案件を踏まえて、英語オファーレターが助成金リスクになる3つの構造パターンと、採用フローに社労士チェックポイントを組み込む実務対策を解説します。
なぜ英語オファーレターが助成金の不支給原因になるのか
キャリアアップ助成金(正社員化コース)は、有期契約社員を正社員に転換した場合に1人あたり最大80万円(重点支援対象者の場合)が支給される制度です。ここで重要なのは、転換前の雇用が「有期契約」であることを書類で証明できなければならないという点です。
日本語の労働条件通知書では「契約期間:令和○年○月○日〜令和○年○月○日」と明記していても、英語のオファーレターに「We guarantee full-time employment after the probation period」「You will be converted to a permanent position」といった正社員前提の表現が含まれていると、実質的に無期雇用と判断され、有期契約→正社員転換の要件を満たさないリスクが生じます。
労働基準法上、就業規則の内容と雇用契約書の労働条件が相違する場合は、労働者にとって有利な方が適用されます。つまり英語オファーレターで正社員を約束していれば、日本語の有期契約書面よりもそちらが優先される可能性があるのです。
パターン1:オファーレターに「permanent position」「guaranteed conversion」の表現がある
スタートアップでよくあるのが、CTOや採用担当がグローバル企業のオファーレターテンプレートをそのまま流用しているケースです。海外では試用期間(probation period)後の正社員化を前提とするのが一般的ですが、日本のキャリアアップ助成金の文脈では、この表現が致命的になります。
具体的なNG表現の例:
- 「We guarantee full-time employment after the probation period」
- 「You will be converted to a permanent position upon completion of the contract」
- 「This offer is for a permanent role, starting with a fixed-term contract」
これらの表現があると、転換前の有期契約が「形式的なもの」と判断され、正社員化コースの対象外になります。内定通知書やSlackでのやり取りも含め、正社員前提と読み取れる記録が残っていれば同様のリスクがあります。
パターン2:英語版と日本語版の契約期間・雇用形態の記載が食い違っている
2つ目のパターンは、英語版のオファーレターと日本語版の労働条件通知書で、契約期間や雇用形態の記載内容が一致していないケースです。
よくある不整合の例:
- 英語版:「Employment Type: Full-time」 → 日本語版:「雇用形態:契約社員(有期)」
- 英語版に契約期間の記載なし → 日本語版には契約期間の開始日・終了日あり
- 英語版:「Probation period: 6 months」 → 日本語版:「契約期間:6ヶ月」
特に3つ目の試用期間と有期契約期間の混同は深刻です。試用期間付き正社員は労働契約法上「期間の定めのない雇用」であり、キャリアアップ助成金の正社員化コースの対象外です。英語の「probation period」を日本語の「有期契約期間」と同義に扱ってしまうと、書類間の整合性が完全に崩れます。
パターン3:採用フローの上流(求人票・面接記録)に正社員前提の記録が残っている
3つ目は、オファーレター単体の問題ではなく、採用プロセス全体に正社員前提の痕跡が残っているケースです。
以前支援したシリーズBのSaaS企業では、情報公表加算の申請準備中に転換実績データを整理した際、エンジニア全員が入社6ヶ月で正社員転換されていることが判明しました。採用時のSlackログや内定通知書を遡って確認したところ、面接段階で全員に正社員前提と説明していたことがわかりました。結果として情報公表加算の申請は見送り、採用フローの見直しから再設計することになりました。
助成金の審査やIPO労務監査では、採用経路全体の記録が掘り返されます。求人票(Wantedly・LinkedIn等)に「正社員採用」と書いていたり、面接での口頭説明が議事録に残っていたりすると、有期契約の合理的理由が崩れるリスクがあります。
採用フローに社労士チェックポイントを3箇所組み込む
制度を先に整えてから採用を進めるのが鉄則です。具体的には、採用フローの以下3箇所に社労士のチェックポイントを設定することで、英語オファーレター起因の不支給リスクを構造的に防止できます。
チェックポイント1:求人票公開前
Wantedly・LinkedIn・Indeed等に求人を出す前に、雇用形態の記載が助成金要件と矛盾しないか確認します。「有期契約社員(正社員登用制度あり)」と「正社員(試用期間6ヶ月)」では助成金上の扱いがまったく異なります。英語版の求人でも「Fixed-term contract with opportunity for conversion to permanent employment(based on evaluation)」のように、正社員転換が評価に基づくものであることを明記します。
チェックポイント2:面接テンプレート作成時
面接での説明内容を標準化し、「正社員前提」と誤解される表現を排除します。英語面接では特に「You will be hired as a permanent employee」ではなく「You will start as a fixed-term employee with the possibility of conversion to permanent employment based on performance evaluation」と伝えるよう、面接ガイドラインを整備します。
チェックポイント3:内定通知書・オファーレター送付前
英語版のオファーレターと日本語版の労働条件通知書を社労士が突合し、以下の5点を確認します。
- 契約期間の開始日・終了日が一致しているか
- 雇用形態の表記が一致しているか(fixed-term = 有期契約)
- 正社員転換を保証する表現が含まれていないか
- 試用期間(probation)と有期契約期間(fixed-term)が混同されていないか
- 有期契約の合理的理由(スキル見極め期間等)が明文化されているか
朝のSlack確認でクライアントからオファーレターの下書きが来ていることも多いのですが、この5点チェックを15分で完了できる標準テンプレートを用意しておけば、スタートアップのスピード感を損なわずに対応できます。
2024年11月施行のフリーランス保護新法がリスクを拡大している
2024年11月に施行された「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(フリーランス保護新法)により、業務委託の労働者性の判断基準が厳格化されました。グローバル採用のスタートアップでは、フリーランス(業務委託)からまず有期契約に切り替え、その後正社員に転換するケースも多いですが、フリーランス期間の実態が「労働者性あり」と判断されれば偽装請負のリスクが生じ、キャリアアップ助成金の3年ルール(転換前3年以内に業務委託で関わっていた者は対象外)にも抵触する可能性があります。
英語オファーレターの問題と合わせて、採用チャネルの設計段階から助成金活用可能性を検討するフレームワークが必要です。
よくある質問(FAQ)
Q1. 英語のオファーレターは法的に必要ですか?
A. 日本の労働基準法上、労働条件の明示は日本語の労働条件通知書で行えば法的要件を満たします。ただし、外国人労働者の場合はトラブル防止のため母国語での書面交付が推奨されています。英語版を発行する場合は、日本語版との整合性を必ず確認してください。
Q2. 既に発行してしまった英語オファーレターに問題表現がある場合、後から修正できますか?
A. 支給申請前であれば、労働条件通知書の訂正・再交付でリカバリーできる場合があります。ただし、Slackやメールでの口頭約束が残っている場合は修正が難しいため、早期に社労士に相談してください。
Q3. 英語と日本語の両方で労働条件通知書を出す場合、どちらが法的に優先されますか?
A. 日本の労働基準法が適用される限り、日本語版が正式な法的文書です。ただし、英語版の方が労働者に有利な条件を含んでいる場合は、労働契約法第12条により英語版の条件が適用される可能性があります。両版の内容を完全に一致させることが最善です。
Q4. 有期契約の「合理的理由」として何を明記すればよいですか?
A. 「スキル・適性の見極め期間」「プロジェクト単位の業務遂行能力の確認」など、有期契約とする業務上の合理的理由を就業規則と労働条件通知書の両方に記載します。IPO審査でも有期契約の合理的理由は確認されるため、助成金対応とIPO準備を同時に整備することをおすすめします。
Q5. 面接を英語で行った場合、面接記録は英語のままで問題ないですか?
A. 助成金の審査書類は日本語が基本です。英語で面接を行った場合でも、面接評価シートや議事録は日本語で作成し、雇用形態や契約条件に関する説明内容を正確に記録しておくことが重要です。
まとめ
グローバル採用を行うスタートアップにとって、英語オファーレターは採用活動の標準ツールですが、日本の助成金制度との整合性を意識しないまま発行すると、キャリアアップ助成金の対象外になるリスクがあります。採用プロセスの記録(求人票・面接記録・内定通知書)は助成金審査やIPO労務監査で後から掘り返されるため、助成金の受給可否は労働条件通知書作成時ではなく、採用プロセスの段階で8割決まるという意識を持つことが重要です。
採用フローに社労士のチェックポイントを3箇所組み込むだけで、採用プロセス起因の不支給リスクは構造的に防止できます。スタートアップのスピード感と助成金の制度要件を両立させるために、制度を先に整えてから動く発想を採用チームに浸透させてください。






