ものづくり補助金の第23次公募(2026年2月〜5月締切)で、賃上げ要件が大きく変わりました。「給与支給総額を年率平均+2.0%以上」から「1人あたり給与支給総額を年率平均+3.5%以上」への変更です。
公募要領を3回読んでみたら、この変更が研究開発型の中小企業にとって想像以上にキツいことがわかりました。研究開発フェーズは売上が立たない期間が長く、賃上げの原資確保が難しい。しかも未達なら補助金の一部返還です。
今回は、ものづくり補助金の賃上げ要件で研究開発型の中小企業がハマる3つのパターンを、うちで実際に取った時の経験も交えて整理します。
第23次公募で変わった賃上げ要件の基本
まず、ものづくり補助金の賃上げ要件は2つあります。
| 要件 | 第22次まで | 第23次〜 |
|---|---|---|
| 給与支給総額 | 全体で年率平均+2.0%以上 | 1人あたり年率平均+3.5%以上 |
| 事業場内最低賃金 | 地域別最低賃金+30円以上 | 地域別最低賃金+30円以上(変更なし) |
さらに「大幅賃上げ特例」を使う場合は、1人あたり年率+6.0%以上かつ事業場内最低賃金+50円以上が求められます。補助上限額が引き上がる代わりに、未達時の返還リスクも大きくなります。
重要なのは、どちらの要件も事業計画期間(3〜5年)の最終年度で判定されること。つまり採択時点では問題なくても、3年後・5年後に未達なら返還です。
パターン1:「全体」から「1人あたり」への変更を見落として退職者補充で計算が狂う
第22次までは「給与支給総額の全体」で年率+2.0%が基準でした。これなら人を増やせば分母が大きくなるので、1人あたりの昇給幅が小さくても要件を満たせていたわけです。
第23次からは「1人あたり給与支給総額」に変わりました。ここで研究開発型の中小企業が躓くのは、ベテラン研究員が退職して若手に入れ替わるケースです。
たとえば、年収600万円の研究員が辞めて年収350万円の若手を採用すると、「1人あたり給与支給総額」の平均値がガクッと下がります。全体の給与支給総額も下がるのですが、1人あたりで見るとさらに影響が大きい。研究開発型の企業は少人数のチームで回していることが多いので、1人の入れ替わりで年率+3.5%の計画が簡単に崩れます。
対策:事業計画の人件費シミュレーションには「退職・採用による入れ替わりシナリオ」を3パターン(楽観・標準・悲観)で組み込んでおくこと。Notionでテンプレを作っておけば、毎年3月の事業化状況報告の前にサッと確認できます。
パターン2:地域別最低賃金の毎年上昇に追いつけず「+30円」を割る
事業場内最低賃金の要件は「毎年3月時点で地域別最低賃金+30円以上」です。この「毎年」が曲者です。
地域別最低賃金は近年、毎年30〜50円ペースで引き上げられています。2024年10月には全国加重平均で1,055円となり、2025年10月にはさらに上昇する見込みです。つまり、事業計画3年目には地域別最低賃金が100〜150円上がっている可能性があります。
研究開発型の企業でありがちなのは、パート・アルバイトの時給を「採択時の最低賃金+30円」で固定してしまうパターンです。研究補助のパートさんの時給を1,100円で設定していたら、翌年に地域別最低賃金が1,080円に上がった瞬間、+30円の1,110円を下回ってしまう。
朝のカフェで公募要領を読み直していて気づいたのですが、事業場内最低賃金の判定は「事業場で働くすべての従業員」が対象です。研究員だけでなく、事務スタッフやパートも含まれます。研究開発費の管理に意識が行きがちな企業ほど、この部分を見落としています。
対策:毎年10月の地域別最低賃金改定を確認し、翌年3月の判定日までに全従業員の時給が「新最低賃金+30円」以上になるよう調整する。うちでは月次管理のNotionテンプレに「最低賃金チェック」の項目を入れて、10月に自動リマインドが飛ぶようにしています。
パターン3:研究開発フェーズの「売上ゼロ期間」で賃上げ原資が確保できない
これが研究開発型の中小企業にとって最も深刻なパターンです。
ものづくり補助金で新製品の研究開発を始めると、最初の1〜2年は試作・検証のフェーズで売上が立ちません。しかし賃上げ要件は事業計画期間中ずっと適用されます。
うちで実際に取った時の話なんですけど、ものづくり補助金で特注の検査装置を導入したプロジェクトでは、採択後に月次で経費消化率と人件費のモニタリングを回していました。それでも2年目に設備メーカーの変更で計画変更承認申請を出すことになり、冷や汗をかいた。研究開発型の補助金は「計画通りにいかない」が前提なので、賃上げの原資計画も余裕を持たせないと詰みます。
具体的には、1人あたり年率+3.5%を3年間維持するには、3年間で約10.9%の賃上げが必要です(複利計算)。基本給30万円の研究員なら、3年後には約33.3万円。売上がゼロの期間にこれを維持するには、既存事業の利益か手元資金から賃上げ原資を出すことになります。
対策:事業計画策定時に、既存事業の利益から捻出できる賃上げ原資を5年PLに織り込むこと。研究開発の売上計上時期を楽観的に見積もらず、「2年間売上ゼロでも賃上げ要件を満たせるか」をストレステストする。テンプレで時短すると、この計算は30分で終わります。
返還免除の条件も確認しておく
ただし、賃上げ要件が未達でも返還が免除されるケースがあります。
- 付加価値額が増加しておらず、かつ事業計画期間の過半数が営業利益赤字の場合
- 天災など事業者の責めに負わない理由がある場合
研究開発フェーズで赤字が続いている場合は免除される可能性がありますが、「赤字だから免除されるだろう」と甘く見て賃上げ計画を立てないのは危険です。免除の判断は事務局が行うものであり、申請者が事前に確約を得ることはできません。
事業計画策定時の賃上げ要件チェックリスト
- 1人あたり給与支給総額の「基準値」を正確に計算しているか(全従業員の給与支給総額 ÷ 従業員数)
- 退職・採用による人員入れ替わりシナリオを3パターンで検証したか
- 地域別最低賃金の年30〜50円上昇を織り込んで、事業場内最低賃金+30円を5年間維持できるか
- 研究開発フェーズの「売上ゼロ期間」でも賃上げ原資を確保できるPL計画か
- 大幅賃上げ特例(+6.0%)を選択する場合、未達時の返還額を試算したか
よくある質問(FAQ)
Q1. 第22次以前に採択された企業も、第23次の「1人あたり+3.5%」の基準が適用されますか?
いいえ。賃上げ要件は採択された公募回の公募要領に基づきます。第22次以前に採択された企業は、採択時の要件(全体で年率+2.0%等)が適用されます。ただし、事業化状況報告で毎年確認されるため、自社がどの要件で採択されたかを正確に把握しておくことが重要です。
Q2. 賃上げ要件が未達の場合、補助金は全額返還ですか?
全額返還ではなく、一部返還です。補助金交付額に「目標値の未達成率」を乗じた額が返還対象になります。たとえば補助金1,000万円で事業計画5年のうち4年目に未達の場合、返還額は200万円(1,000万円÷5年)となります。ただし大幅賃上げ特例の場合は返還ルールが異なるため、公募要領で確認してください。
Q3. 役員報酬は「1人あたり給与支給総額」の計算に含まれますか?
含まれません。給与支給総額の計算対象は「従業員」であり、役員は除外されます。研究開発型の中小企業では社長自身が研究開発に携わるケースが多いですが、役員報酬を上げても賃上げ要件には寄与しません。従業員の給与のみで+3.5%を達成する必要があります。
Q4. 事業場内最低賃金の判定は「時給」ベースですか?月給の社員はどう計算しますか?
時給ベースで判定します。月給制の従業員は「月給÷月の所定労働時間」で時給換算し、その額が地域別最低賃金+30円以上であるかを確認します。固定残業代は所定労働時間の計算から除外するため、固定残業代を含めた「見かけの時給」で安心していると判定時に割り込むリスクがあります。
Q5. 研究開発が失敗して事業化できなかった場合も賃上げ要件は適用されますか?
はい、適用されます。研究開発の成否にかかわらず、事業計画期間中の賃上げ要件は継続します。ただし、付加価値額が増加しておらず、事業計画期間の過半数が営業利益赤字の場合は返還免除の対象となる可能性があります。公募要領には「事業者の責めに負わない理由」による免除規定もありますが、研究開発の失敗がこれに該当するかは事務局の判断になります。
まとめ
ものづくり補助金の賃上げ要件は第23次で大きく厳格化されました。研究開発型の中小企業は「売上が立たない期間の賃上げ原資」「少人数チームでの人員入れ替わりリスク」「毎年上がる最低賃金への追従」という3つの構造的な課題を抱えています。
公募要領の賃上げ要件のページは、申請前だけでなく採択後も毎年読み返してください。うちでは月次管理のNotionテンプレに「賃上げ要件チェック」を組み込んで、毎年3月の事業化状況報告の前に5分で確認できるようにしています。テンプレで時短すると、返還リスクは確実に下がります。






