結論から言うと、2026年4月以降にパート・アルバイトの社会保険加入を進めるスタートアップが「社会保険適用時処遇改善コース」の情報のまま準備を進めると、キャリアアップ助成金は1円も出ません。
社会保険適用時処遇改善コースは2026年3月末で終了しました。後継の「短時間労働者労働時間延長支援コース」は、旧コースとは根本的にアプローチが異なります。にもかかわらず、ネット上には旧コースの情報が大量に残っているため、スタートアップのバックオフィス担当者が混乱するケースが後を絶ちません。
私のクライアントでも、2026年4月以降に「社会保険適用促進手当を支給する方式」で準備を進めていた企業が複数ありました。この記事では、制度移行期に起きやすい3つの不支給パターンと、2026年10月の106万円の壁撤廃を見据えた逆算スケジュールを解説します。
前提:旧コースと新コースの根本的な違い
まず整理しておくべきは、旧コース(社会保険適用時処遇改善コース)と新コース(短時間労働者労働時間延長支援コース)のアプローチの違いです。
| 項目 | 旧コース(〜2026年3月) | 新コース(2026年4月〜) |
|---|---|---|
| 手法 | 手当支給・賃金増額・労働時間延長の3メニュー | 労働時間延長+基本給増額が中心 |
| 手当方式 | 社会保険適用促進手当の支給OK | 手当方式は対象外 |
| 最大助成額 | 1人50万円(3年間) | 1人最大75万円(小規模企業・2年間) |
| 2年目加算 | なし | あり(最大25万円) |
| 社保適用後の継続要件 | 6ヶ月 | 6ヶ月 |
スタートアップでよくあるのが、「手当を出せば助成金が出る」という旧コースの理解のまま新コースに臨むケースです。新コースでは手当支給ではなく「労働時間の延長」と「基本給の増額」が要件の中心であり、発想の切り替えが必要です。
パターン1:旧コースの手当方式で準備を進めて全額対象外
最も多いのがこのパターンです。旧コースでは「社会保険適用促進手当」を支給することで、社会保険料の負担増を相殺しつつ助成金を受ける設計が可能でした。
しかし2026年4月以降、新コースにはこの手当方式のメニューが存在しません。新コースの要件は以下のいずれかです。
- 週所定労働時間を3時間以上延長し、新たに社会保険に加入させる
- 週所定労働時間を1時間以上3時間未満延長し、あわせて基本給を一定割合以上増額して社会保険に加入させる
あるシリーズBのSaaS企業では、パートタイマー3名に対して「社会保険適用促進手当」を月額1万5千円支給する計画を4月以降も進めていました。私が確認した時点で既に手当の支給を開始しており、労働時間は変更していませんでした。この場合、新コースの要件である「労働時間延長」を満たさないため、助成金は対象外です。
防止策:制度を先に整えてから取り組みを始めること。具体的には、手当ではなく「週所定労働時間の延長」と「基本給の増額」をセットで設計し、就業規則の変更を先行させましょう。
パターン2:社保加入タイミングの逆算ミスで6ヶ月要件が間に合わない
新コースでは、労働時間を延長して社会保険に加入させた後、6ヶ月以上継続雇用し、6ヶ月分の賃金を支給した事実が必要です。
2026年10月には106万円の壁(月額賃金8.8万円要件)が撤廃され、週20時間以上働くパート・アルバイトは企業規模51人以上であれば原則として社会保険に加入することになります。スタートアップの中には「10月の強制適用まで待とう」と考える企業がありますが、ここに落とし穴があります。
10月に社保加入→6ヶ月経過は翌年4月→申請期限は6月末。年度をまたぐうえ、年度末の繁忙期と重なり申請漏れのリスクが跳ね上がります。朝のSlack確認から始まるクライアント企業のバックオフィス担当者たちも、この時期は確定申告や年度末処理で手一杯です。
防止策:10月の強制適用を待たず、2026年7〜8月に自主的に労働時間延長+社保加入を実施する逆算設計が有効です。7月加入なら翌年1月に6ヶ月経過→3月末までに申請でき、年度内完結が可能です。
パターン3:キャリアアップ計画書の変更届を出さずに取り組みを開始
旧コース(社会保険適用時処遇改善コース)で既にキャリアアップ計画書を提出済みの企業が、新コースに切り替える場合、変更届の提出が必要です。この変更届は、取り組み実施日の前日までに管轄の労働局またはハローワークに提出しなければなりません。
スタートアップでよくあるのが、「計画書はもう出してあるから大丈夫」と思い込んで変更届なしで進めてしまうケースです。旧コースと新コースはコース名も要件も異なるため、既存の計画書のままでは新コースの申請は通りません。
また、そもそもキャリアアップ計画書を一度も出していない企業は、社会保険加入日の前日までに計画書を提出する必要があります。加入日当日や事後の提出では対象外です。
防止策:キャリアアップ計画書の状態を確認し、(1)未提出→新規提出、(2)旧コースで提出済み→変更届提出、のいずれかを社保加入予定日の最低2週間前に完了させるスケジュールを組みましょう。
2026年10月の106万円の壁撤廃を見据えた逆算スケジュール
2026年10月に月額賃金8.8万円要件が撤廃されると、週20時間以上勤務のパート・アルバイトは新たに社会保険加入の対象になります(従業員51人以上の企業)。この制度変更と助成金を連動させるなら、以下の逆算設計が合理的です。
| 時期 | やるべきこと |
|---|---|
| 2026年7月 | 対象パート・アルバイトのリストアップ、労働時間延長の設計 |
| 2026年7月中旬 | キャリアアップ計画書の提出(新規 or 変更届) |
| 2026年7月下旬 | 就業規則の変更(労働時間・基本給の改定) |
| 2026年8月 | 労働時間延長の実施+社会保険加入 |
| 2027年2月 | 6ヶ月経過の確認 |
| 2027年2〜4月 | 支給申請(社保加入後6ヶ月経過日の翌日から2ヶ月以内) |
10月の強制適用より前に自主的に動くメリットは、(1)助成金の要件を整えた上で加入できる、(2)年度内に申請が完結する、(3)10月以降の駆け込み相談の混雑を避けられる、の3点です。
正社員化コースとの併用で助成額を最大化する設計
短時間労働者労働時間延長支援コースは、正社員化コースとの併用が可能です。例えば、パートタイマーの労働時間を延長して社保加入(最大75万円)→その後、正社員に転換(最大80万円)という2段階設計で、1人あたり最大155万円の助成金が狙えます。
ただし、正社員化コースとの併用には就業規則の一括整備が前提です。正社員転換規程・有期契約社員の定義・賃金テーブルが未整備のまま進めると、どちらのコースでも不支給リスクが発生します。以前、シリーズBのSaaS企業でパートタイマー3名の社保加入タイミングを誤り、労働時間延長支援コースが申請不可になったケースがありました。善意の早期社保加入が要件不備につながることもあるため、入社日から逆算した加入タイミングの管理は必須です。
FAQ
Q1. 旧コース(社会保険適用時処遇改善コース)で既に手当を支給中の場合、新コースに切り替えられますか?
A. 旧コースの取り組み期間中(2026年3月末まで)に開始した手当支給は旧コースの対象です。4月以降に新たに社保加入させる労働者については、新コースの要件(労働時間延長+基本給増額)で別途設計する必要があります。旧コースと新コースは対象労働者が異なれば併存可能ですが、同一労働者での切り替えには注意が必要です。
Q2. 従業員50人以下のスタートアップでも新コースは使えますか?
A. はい、使えます。2026年10月の106万円の壁撤廃は当初、従業員51人以上の企業が対象ですが、新コースの助成金自体は企業規模を問わず申請可能です。さらに、常時雇用30人以下の小規模企業は助成額が増額(1年目最大50万円+2年目最大25万円=計75万円)されます。
Q3. 労働時間を何時間延長すれば基本給の増額は不要ですか?
A. 週所定労働時間を3時間以上延長する場合は、基本給の増額要件はありません。1時間以上3時間未満の延長の場合は、延長幅に応じた基本給の増額(概ね6〜10%以上)が必要です。スタートアップの場合、業務量の調整が効きやすいため、3時間以上延長で設計するのが最もシンプルです。
Q4. 2年目の追加助成(最大25万円)を受けるには何が必要ですか?
A. 1年目の取り組み完了後、対象労働者に対して「さらに2時間の労働時間延長」「基本給5%以上の増額」「昇給・賞与・退職金制度のいずれかの新規適用」のいずれかを実施する必要があります。正社員化コースとの併用を考えている場合は、2年目加算の取り組みと正社員転換のタイミングを調整する設計が重要です。
Q5. 10月の壁撤廃まで何もしない方が良いですか?
A. 結論から言うと、待つのは損です。10月の強制適用を待つと、(1)助成金の要件を事前に整える余裕がなくなる、(2)年度をまたぐ申請になる、(3)労働局の窓口が混雑する、という3つの不利が生じます。7〜8月に自主的に動く方が助成金の確実性は高くなります。





