「勤怠管理をクラウド化したいんですけど、働き方改革推進支援助成金って使えますか?」——スタートアップのCOOやバックオフィス担当から、この相談が増えています。
結論から言うと、使えます。ただし、3つの落とし穴を知らないまま申請すると不支給になります。
働き方改革推進支援助成金(労働時間短縮・年休促進支援コース)は、勤怠管理クラウドの導入費用を最大200万円まで助成してくれる制度です。令和8年度は賃金引上げ加算が480万円に倍増し、合計で最大680万円が狙える設計になりました。スタートアップにとって魅力的な数字ですが、私のクライアントでも申請段階で躓くケースが後を絶ちません。
この記事では、スタートアップでよくあるのが何かを整理しながら、勤怠管理クラウド導入×働き方改革推進支援助成金で不支給になる3つのパターンを解説します。
前提:働き方改革推進支援助成金の仕組みを30秒で理解する
この助成金は「成果目標を立てて、それを達成するための取組に経費を使う」構造です。勤怠管理クラウドの導入費用は「取組」の経費として認められますが、経費を使っただけでは支給されません。成果目標の達成が必須です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 成果目標(いずれか1つ以上) | (1) 36協定の時間外・休日労働を月60時間以下に設定 (2) 年次有給休暇の計画的付与の新規導入 (3) 時間単位年休+特別休暇の新規導入 |
| 対象経費 | 勤怠管理クラウド、労務管理ソフト、就業規則変更の専門家費用等 |
| 助成率 | 3/4(30人以下かつ時間外月60時間超の場合4/5) |
| 上限額 | 成果目標ごとに25万〜200万円+賃金引上げ加算最大480万円 |
| 申請期限 | 令和8年11月30日(予算消化次第早期締切あり) |
落とし穴1:交付決定前に勤怠管理クラウドを契約・導入してしまう
スタートアップでよくあるのが、「まず導入して、後から助成金の手続きを整えよう」という発想です。スピード重視の文化と助成金の事前手続き要件は、本質的に噛み合いません。
働き方改革推進支援助成金は、交付決定日以降に契約・導入した経費のみが対象です。交付決定前に無料トライアルから有料プランに移行した、あるいはSaaS年額を先払いした場合、その経費は一切認められません。
スタートアップが陥る典型シナリオ
- 4月にジョブカンやfreee勤怠の無料トライアルを開始
- 気に入って5月に有料契約(年額一括払い)
- 6月に「助成金が使えるらしい」と知って申請準備開始
- → 交付決定は早くても7月。5月の契約は対象外で不支給
制度を先に整えてから動く——これが鉄則です。具体的には、交付申請書の提出→交付決定通知の受領→その後に契約、という順序を必ず守ってください。
落とし穴2:36協定を届け出ていない・成果目標と現状のギャップがない
働き方改革推進支援助成金の成果目標(1)は「36協定の時間外・休日労働時間数を月60時間以下に設定し届出する」ことです。ここに2つの罠があります。
罠A:そもそも36協定が未届出
社員10名前後のスタートアップで意外に多いのが、36協定を労基署に届け出ていないケースです。残業が発生しているのに36協定がなければ、それ自体が労基法違反であり、助成金の支給要件を満たしません。
罠B:既に月45時間以内なので「改善の余地」がない
逆に、既に36協定の上限を月45時間に設定している場合、成果目標(1)で「月60時間以下に設定」しても改善にあたりません。この場合は成果目標(2)か(3)——年休の計画的付与や時間単位年休の新規導入——を選ぶ必要がありますが、就業規則にこれらの規定がないスタートアップは多いのです。
朝のSlack確認で「助成金申請したいのですが36協定ってどこにありますか」という質問が飛んでくるたびに思うのですが、助成金より先に確認すべきは「うちの労務管理の現在地はどこか」です。
落とし穴3:年休管理簿を作成していない
令和8年度の交付要綱には、「全ての対象事業場について、年休管理簿を作成していること」が申請時点の前提条件として明記されています。
スタートアップの場合、有給休暇の付与・取得を「Slackで申請→上長が承認→スプレッドシートに記録」で運用しているケースが多く、労基法が求める年休管理簿(基準日・付与日数・取得日数・残日数を従業員ごとに管理)の体裁を満たしていないことがあります。
勤怠管理クラウドを導入すれば年休管理簿は自動生成されますが、問題は申請時点で「作成していること」が要件だという点です。つまり、クラウド導入前の段階でExcelでもいいので年休管理簿を整備しておく必要があります。
正しい申請ステップ:逆算スケジュール
以前、シリーズBのSaaS企業で就業規則を3週間で整備して助成金1,500万円の採択に繋げた経験がありますが、あの時も最初にやったのは「制度の棚卸し」でした。働き方改革推進支援助成金も同じ発想で、以下の順序で進めてください。
- 現状確認:36協定の届出状況、現行の時間外労働時間数、年休管理簿の有無、就業規則の規定内容
- 成果目標の選定:現状から「改善」が成立する目標を選ぶ(既に月45時間なら目標(2)か(3)を検討)
- 交付申請書の作成・提出:事業実施計画に勤怠管理クラウドの導入を記載
- 交付決定の受領:都道府県労働局から通知が届くまで契約しない
- クラウド導入・取組実施:交付決定後〜翌年1月31日までに完了
- 支給申請:取組実施後、成果目標の達成を確認して申請
FAQ
Q1. SaaS月額費用は何ヶ月分まで助成対象ですか?
A. 原則として事業実施期間(交付決定日〜翌年1月31日)内の利用料が対象です。年額一括払いの場合は按分計算が必要になるため、月額払いに切り替えるか、事業実施期間の開始に合わせて年額契約を開始するのが無難です。
Q2. 従業員10人未満で就業規則の届出義務がない場合も申請できますか?
A. 申請できます。ただし、成果目標(2)(3)を選ぶ場合は就業規則に年休の計画的付与や時間単位年休の規定を新たに設ける必要があります。届出義務がなくても就業規則を作成し、規定を整備してください。
Q3. 交付決定前に無料トライアルを開始していた場合、有料契約は対象になりますか?
A. 無料トライアル自体は経費が発生していないため問題ありません。有料契約(課金開始日)が交付決定日以降であれば対象になります。ただし、トライアル中に発生したオプション費用等は対象外です。
Q4. 予算消化で早期締切になることはありますか?
A. あります。令和8年度の申請受付は11月30日までですが、予算額に達した場合は期日前に締め切られます。6〜8月の申請集中期を避け、4〜5月に交付申請を出すのが安全です。
まとめ
働き方改革推進支援助成金は、勤怠管理クラウドの導入コストを大幅に圧縮できる制度です。しかし「交付決定前の契約」「36協定・成果目標の不備」「年休管理簿の未整備」という3つの落とし穴に嵌まるスタートアップが後を絶ちません。
助成金ありきでシステム選定を始めるのではなく、まず自社の労務管理の現在地を確認し、制度を先に整えてからクラウド導入に進む。この順序を守れば、助成金は人事制度整備の副産物として自然に付いてきます。






