結論から言うと、スタートアップの採用チャネルと助成金の受給要件には「構造的なミスマッチ」があります。
特定求職者雇用開発助成金は、高年齢者(60歳以上)・障害者・母子家庭の母など、就職が困難な方をハローワーク等の紹介で雇い入れた事業主に対して助成される制度です。中小企業であれば1人あたり最大240万円(重度障害者の場合)が支給されます。
ところが、スタートアップの多くはこの助成金の存在すら知らないか、「うちには関係ない」と思い込んでいます。なぜか。採用チャネルがそもそもハローワークではないからです。
スタートアップが特定求職者雇用開発助成金を取り逃す3つの構造的理由
理由1:採用チャネルがハローワーク経由ではない
スタートアップの採用チャネルは、Wantedly・Green・リファラル(社員紹介)・エージェント経由が圧倒的多数です。ハローワークを利用する発想がそもそもありません。
しかし、特定求職者雇用開発助成金の最も基本的な要件は「ハローワーク等の紹介によって雇い入れること」です。自社サイトからの直接応募や、知人・縁故採用、転職エージェント経由では対象外になります。
スタートアップでよくあるのが、先に候補者と面談して「この人いいな」と思ってから、後付けでハローワーク紹介を通そうとするパターンです。これは「紹介前の雇用予約」に該当し、不支給になります。ハローワークの紹介状を受け取る前に実質的な採用決定をしていた場合、助成金は出ません。
理由2:「就職困難者」の定義を知らない
特定求職者雇用開発助成金の対象者は、一般的な転職希望者ではありません。以下のような「就職困難者」が対象です。
- 60歳以上の高年齢者
- 身体障害者・知的障害者・精神障害者
- 母子家庭の母・父子家庭の父
- ウクライナ避難民等
スタートアップの採用ペルソナは「20〜30代のエンジニア」「即戦力のBizDev」であることが多く、上記の対象者層と接点が少ないのが実情です。しかし、バックオフィス人材やカスタマーサポート人材の採用では、母子家庭の母や60歳以上の経験豊富な人材が候補に入るケースは十分あります。
制度を先に整えてから採用に臨めば、バックオフィス職の1名の採用で60万円〜240万円の助成が受けられる可能性があるのに、その選択肢がそもそもテーブルに載っていないのです。
理由3:令和8年度改正で要件がさらに厳格化された
令和8年度(2026年度)の改正で、以下の変更が加わりました。
- 賃金台帳の提出が必須化(令和8年4月1日以降の申請分):賃金台帳を提出できない場合は不支給。スタートアップでは賃金台帳の整備が後回しになりがちで、これだけで門前払いになるリスクがあります
- 成長分野等人材確保・育成コースの廃止:令和7年度末で廃止され、従来の1.5倍助成が受けられなくなりました。DX人材やGX人材の採用に活用できたコースがなくなり、スタートアップにとっては使いにくくなった印象があります
- 高年齢者(60歳以上)の要件厳格化:令和8年5月1日以降、ハローワーク等で「就労に向けた個別支援」を受けている高年齢者のみが対象に。単にハローワークに登録しているだけでは足りなくなりました
スタートアップが特定求職者雇用開発助成金を活用する3つのポイント
ポイント1:バックオフィス採用にハローワーク紹介を1チャネル追加する
エンジニア採用でハローワークを使うのは現実的ではありません。しかし、経理・労務・総務・カスタマーサポートなどのバックオフィス職であれば、ハローワーク経由で優秀な人材が見つかるケースがあります。
以前、シリーズBのSaaS企業でバックオフィスの採用支援をした際、Wantedlyとハローワークを並行して求人を出したところ、ハローワーク経由で応募してきた母子家庭の方が経理のベテランで、即戦力として活躍してくれました。この1名の採用で特定就職困難者コースの助成金60万円を受給できました。朝のヨガで頭を整理した後、Slackでクライアントに「ハローワークも出しましょう」と一言送るだけの提案が、結果的に60万円のリターンを生んだわけです。
重要なのは、ハローワークの紹介状を受け取ってから面接・採用のプロセスを進めることです。先に面接して採用を決めてから紹介状をもらうのはNGです。
ポイント2:賃金台帳と就業規則を事前に整備する
令和8年度から賃金台帳の提出が必須化されました。スタートアップでは、クラウド給与計算ソフト(freee人事労務やマネーフォワードクラウド給与など)を使っていれば賃金台帳の出力は簡単ですが、問題は固定残業代の記載方法です。
以前、業務改善助成金の案件で見たパターンと同じですが、固定残業代を含めた月給表記にしていると、賃金台帳上の基本給と手当の内訳が不明瞭になりがちです。特定求職者雇用開発助成金の審査でも、賃金の支払い実態が確認できないと判断されれば不支給になります。
就業規則についても、雇用契約書と就業規則の整合性が取れていることが前提です。IPO準備中のクライアントでは労務監査のついでに整備できますが、シードやシリーズAの企業では就業規則が雛形のままというケースが多く、ここで引っかかります。
ポイント3:雇入れ日前後6ヶ月の解雇要件を管理する
見落としがちなのが、対象労働者の雇入れ日の前後6ヶ月間に、事業主都合による解雇(退職勧奨を含む)をしていないことという要件です。
スタートアップでは、試用期間中の本採用見送りや、業績悪化に伴う人員整理が珍しくありません。これらが「事業主都合の解雇」に該当すると、その前後6ヶ月間に雇い入れた対象労働者の助成金が不支給になります。
対策としては、ハローワーク経由の採用を計画する際に、前後6ヶ月の人事異動カレンダーを社労士と共有し、解雇要件に抵触しないかを事前に確認するフローを入れることです。
特定求職者雇用開発助成金の支給額(令和8年度・中小企業)
| 対象者 | 短時間労働者以外 | 短時間労働者 |
|---|---|---|
| 高年齢者(60歳以上)・母子家庭の母等 | 60万円(1年間) | 40万円(1年間) |
| 身体・知的障害者 | 120万円(2年間) | 80万円(2年間) |
| 重度障害者等 | 240万円(3年間) | 80万円(2年間) |
※支給額は対象期(6ヶ月単位)ごとに分割して支給されます。
よくある質問(FAQ)
Q1. 転職エージェント経由で採用した人は特定求職者雇用開発助成金の対象になりますか?
なりません。ハローワークまたは民間の職業紹介事業者のうち、厚生労働大臣の許可を受けた「適正な運用を期すことのできる有料・無料職業紹介事業者等」の紹介が必要です。一般的な転職エージェントでも許可を受けていれば対象になる場合がありますが、事前にハローワークに確認してください。
Q2. 先に面接して「いい人だ」と思ってから、ハローワーク紹介を通すことはできますか?
できません。ハローワーク等の紹介前に雇用の予約をしていた場合は不支給になります。紹介状の発行日より前に面接や内定を出していた場合、「紹介前の雇用予約」とみなされるリスクがあります。
Q3. 令和8年度に廃止された「成長分野等人材確保・育成コース」の代替はありますか?
直接の代替コースはありません。DX人材・GX人材の採用で1.5倍助成を受けられた同コースは令和7年度末で廃止されました。令和8年度以降は通常の特定就職困難者コースまたは生涯現役コースでの申請を検討してください。
Q4. 賃金台帳はどの程度の期間分を提出する必要がありますか?
支給対象期(6ヶ月間)に対応する賃金台帳の提出が必要です。賃金台帳がクラウド給与ソフトから出力できる場合はそのまま提出可能ですが、基本給・各種手当・固定残業代・控除項目が明確に区分されていることを確認してください。
Q5. 従業員10名未満のスタートアップでも申請できますか?
雇用保険の適用事業主であれば従業員数に関係なく申請できます。ただし、雇入れ日前後6ヶ月間の解雇要件や、労働条件通知書・雇用契約書の整備、賃金台帳の提出が求められるため、少人数であっても労務管理体制を整えておく必要があります。
参考文献
- 厚生労働省「特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/tokutei_konnan.html - 厚生労働省「特定求職者雇用開発助成金(成長分野等人材確保・育成コース)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/tokutei_seichou_00008.html - 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構「特定求職者雇用開発助成金」
https://www.jeed.go.jp/disability/data/handbook/q2k4vk000003mbnc.html






