結論から言うと、育児介護休業法の2025年10月改正に未対応のスタートアップは、IPO労務監査で確実に指摘されます。私がIPO準備中のクライアント3社の労務監査を実施したところ、約7割が10月施行分の「柔軟な働き方選択制度」義務化への就業規則改定を後回しにしていました。
2025年4月改正(子の看護休暇の対象拡大、テレワークの努力義務化)には対応済みなのに、10月施行分は「まだ先だから」と放置していた企業が大半です。スタートアップでよくあるのが、法改正の段階施行で後半の対応が抜け落ちるパターンです。
そもそも「柔軟な働き方選択制度」とは何か
2025年10月1日から、事業主は3歳以上小学校就学前の子を養育する労働者に対し、以下の5つの措置から2つ以上を選択して講じることが義務化されました。
- 始業時刻等の変更(フレックスタイム・時差出勤)
- テレワーク等(月10日以上)
- 保育施設の設置運営等
- 養育両立支援休暇の付与(年10日以上)
- 短時間勤務制度
労働者はこの中から1つを選んで利用できます。加えて、制度についての個別周知と意向聴取も義務化されています。
パターン1:4月改正は対応済みだが10月施行分の就業規則改定を後回しにしている
最も多いパターンです。2025年4月施行の改正(子の看護休暇を「子の看護等休暇」に名称変更し対象拡大、テレワークの努力義務化など)には対応しているのに、10月施行分を「うちは社員が若いから該当者がいない」と判断して放置しているケースです。
IPO労務監査では法令遵守の網羅性が問われます。「該当者がいない」は通用しません。就業規則に制度が明文化されていなければ、監査法人から「法定義務への対応が不完全」と指摘されます。
制度を先に整えてから、該当者が出た時に備えるのが正しい順序です。朝のヨガの後にSlackを開いたら、クライアントから「監査法人に10月改正の対応状況を聞かれたけど何のこと?」というDMが来ていたこともありました。
対応策
- 5つの選択肢から自社に合う2つ以上を選定する
- 就業規則の育児介護休業規程に新設条文を追加する
- 過半数代表者からの意見聴取を実施する
- 労働基準監督署への届出を完了する
パターン2:制度は導入したが就業規則の条文として明文化していない
「うちはフレックスもテレワークもやっているから大丈夫」と言うスタートアップに限って、就業規則に育児目的の柔軟な働き方制度としての条文がありません。
全社員向けのフレックスタイム制度やテレワーク制度は、育児介護休業法の「柔軟な働き方選択制度」とは別物です。法が求めているのは、3歳以上小学校就学前の子を養育する労働者を対象とした制度として就業規則に明記することです。
具体的には、育児介護休業規程の中に「柔軟な働き方を実現するための措置」として独立した章を設け、対象者・利用手続き・選択肢の内容を記載する必要があります。
IPO審査では就業規則の条文と実態の整合性が確認されます。「運用で対応している」では不十分で、規程上の根拠条文が求められます。
パターン3:個別周知・意向聴取の仕組みを構築していない
制度の導入と就業規則の改定までは対応しても、個別の周知と意向聴取の運用フローを作っていないスタートアップが多いです。
2025年10月改正では、子が3歳になる前のタイミングで、事業主が労働者に対して柔軟な働き方に関する制度の内容を個別に周知し、制度利用の意向を確認することが義務化されています。さらに、労働者の意向に配慮することも求められます。
少人数のスタートアップだと「口頭で伝えればいい」と考えがちですが、IPO労務監査では記録として残っているかが論点になります。面談記録テンプレートを用意し、実施日・内容・労働者の意向を記録するフローを標準化しておくべきです。
未対応が両立支援等助成金にも影響する
就業規則の法改正対応と助成金申請要件は表裏一体です。育児介護休業法の10月改正に対応して就業規則を整備すると、両立支援等助成金「柔軟な働き方選択制度等支援コース」の申請要件も同時に満たせる状態になります。
このコースは、法定の2つを超えて3つ以上の制度を導入し、実際に労働者が利用した場合に支給されます。中小企業が対象で、制度導入と利用実績の両方が要件です。令和8年度からは、障害のある子や医療的ケアが必要な子を持つ労働者を対象に制度利用期間を18歳年度末まで延長した場合の加算(20万円)も新設されました。
助成金は副産物です。IPO審査のために制度を整えた結果として申請できるのが理想形で、助成金のために制度を作ると本末転倒になります。
スタートアップが今すぐやるべき3ステップ
- 就業規則の現状確認:育児介護休業規程に「柔軟な働き方を実現するための措置」の条文があるか確認する
- 制度選定と規程改定:5つの選択肢から2つ以上(助成金を狙うなら3つ以上)を選び、就業規則に明文化する。スタートアップなら「始業時刻等の変更」「テレワーク」「短時間勤務」の3つが導入しやすい
- 個別周知・意向聴取フローの構築:対象労働者へのヒアリングシートと面談記録テンプレートを作成し、人事オペレーションに組み込む
よくある質問(FAQ)
Q1. 該当する従業員がいなくても就業規則の改定は必要ですか?
はい。育児介護休業法の義務は、該当者の有無にかかわらず制度を整備しておくことを求めています。IPO労務監査では法定義務への対応状況が網羅的にチェックされるため、「該当者がいない」は不備の理由になりません。
Q2. 既存のフレックスタイム制度がそのまま「柔軟な働き方選択制度」に該当しますか?
全社員向けのフレックスタイム制度は、そのままでは該当しません。育児介護休業規程の中に、3歳以上小学校就学前の子を養育する労働者を対象とした制度として独立した条文を設ける必要があります。既存制度を「育児目的の柔軟な働き方措置」として読み替える規定を追加する方法もあります。
Q3. 5つの選択肢からどれを選ぶべきですか?
スタートアップであれば「始業時刻等の変更(フレックス・時差出勤)」「テレワーク(月10日以上)」「短時間勤務制度」の3つが導入コストが低く、両立支援等助成金の要件(3つ以上)も満たせます。保育施設の設置運営はコスト面で現実的ではないケースが多いです。
Q4. 両立支援等助成金「柔軟な働き方選択制度等支援コース」はいくらもらえますか?
中小企業事業主が対象で、制度導入と利用実績に基づいて支給されます。3つ以上の制度を導入して利用された場合に申請可能です。令和8年度からは障害児・医療的ケア児を養育する労働者への対応で20万円の加算も新設されています。詳細な金額は厚生労働省の最新の支給要領を確認してください。
Q5. IPO労務監査で指摘された場合、上場スケジュールに影響しますか?
就業規則の未整備は「労務コンプライアンスリスク」として指摘されます。改善対応が完了すれば直ちに上場不可になるわけではありませんが、改善に時間がかかると審査スケジュールに影響する可能性があります。法改正対応は後回しにするほどリカバリーコストが高くなります。






