2026年6月、日銀は政策金利を0.75%から1.0%に引き上げた。31年ぶりの水準だ。

「金利が0.25%上がったくらいで大騒ぎするな」という声もある。確かに、借入5,000万円なら年間の利息増はわずか12.5万円。だが融資審査の目線で言うと、事業承継の局面ではこの「わずかな上昇」が致命傷になるケースがある。

なぜか。事業承継では退職金の支給、株式の取得資金、さらに後継者が手がける設備投資——これら三重の資金需要が同時期に重なる。金利上昇の影響は、1本の融資ではなく複数の借入に同時に波及する。朝5時から決算書を広げてDSCRを再計算するたびに、この構造の怖さを痛感している。

本稿では年商3億円・経常利益率4%の製造業モデルで、金利上昇が事業承継の融資設計に与える影響を5年PLでシミュレーションし、DSCR設計が崩れる3つの構造と回避策を解説する。

前提:2026年の金利環境と事業承継の資金構造

野村證券の見通しでは、日銀は2026年12月にさらに0.25%の追加利上げを行い、政策金利は1.25%に到達する可能性がある。変動金利の基準金利は短期プライムレートに連動するため、新規融資だけでなく既存の変動金利借入も4月・10月の見直しで自動的に上がる

事業承継の資金構造を整理すると、典型的な年商3億円の製造業では以下の借入が同時に発生する。

  • 株式買取資金:5,000万〜8,000万円(運転資金扱い・最長7〜10年返済)
  • 退職金の資金手当:3,000万〜5,000万円(一括or分割、短期借入で対応するケースも)
  • 設備投資の自己負担:1,500万〜3,000万円(補助金併用時)
  • 既存借入残高:1億〜2億円(運転資金・設備資金)

これら合計2億〜3億円規模の借入が、金利上昇の影響を同時に受ける。ここに事業承継特有の3つの構造的リスクが潜んでいる。

構造①:既存借入の変動金利見直しが承継直後の脆いDSCRを直撃する

事業承継直後の後継者は、退職金支給による自己資本比率の低下、新規借入の増加で、DSCRがギリギリの状態にあることが多い。

年商3億円・経常利益率4%のモデルで試算すると、承継直後のDSCRは退職金5,000万円(分割払い)と設備投資の融資返済を含めて1.15前後が典型的な水準だ。銀行の要注意ラインである1.0に対して余裕は0.15ポイントしかない。

ここに既存借入1.5億円の変動金利が+1.0%上昇すると、年間の利息増は約150万円。DSCRは1.15→1.08に低下する。さらに銀行の4月・10月の金利見直しで段階的に上がるため、3年目には累計でDSCR1.02まで悪化し、格付けダウンのトリガーを引く。

PLの構造を見ると、格付けが1ノッチ下がると、既存融資の金利も見直し対象になる。金利上昇→DSCR悪化→格付けダウン→さらなる金利見直し——この悪循環が回り始めると止めにくい

構造②:株式買取資金・退職金資金の調達コスト増が5年PLの前提を崩す

事業承継の融資設計では、株式買取資金と退職金の調達コストを5年PLに織り込む。問題は、承継の準備段階(半年〜1年前)に銀行と協議した金利と、実際の融資実行時の金利が異なるケースが増えていることだ。

たとえば、2025年秋に変動金利1.5%で5年PLを組み、2026年夏に融資を実行する場合を考える。この間に政策金利は0.5%→1.0%に上がっている。融資実行時の金利は2.0%前後になる可能性が高い。

項目当初設計(金利1.5%)実行時(金利2.0%)差額
株式買取5,500万円(10年返済)の年間利息約82万円約110万円+28万円/年
設備投資1,500万円(7年返済)の年間利息約22万円約30万円+8万円/年
5年間累計の利息増+約180万円

5年で180万円という金額自体は小さく見えるが、これが構造①の既存借入の金利上昇と複合すると話が変わる。既存借入の利息増150万円/年と合わせて、年間186万円以上のキャッシュアウト増。年商3億円・経常利益率4%の企業にとって、経常利益1,200万円の約15%に相当する負担増だ。

構造③:賃上げ要件との複合で「金利+人件費」の二重圧縮がDSCRを押し潰す

事業承継・M&A補助金を活用する場合、賃上げ要件(年率3.5%)を5年間達成し続ける義務がある。この人件費増と金利上昇が同時にDSCRを圧縮する構造が、最も見落とされやすい。

年商3億円・従業員30名・平均年収400万円のモデルでは、賃上げ3.5%の5年間累計コストは約5,780万円。ここに金利+1.0%の影響を重ねた5年PLシミュレーションを示す。

年度金利上昇なし金利+1.0%金利+1.0%+賃上げ3.5%
1年目DSCR1.151.081.05
2年目DSCR1.121.041.00
3年目DSCR1.101.020.95
4年目DSCR1.081.000.90
5年目DSCR1.060.980.86

金利上昇単独では3年目まで辛うじてDSCR1.0を維持できるが、賃上げ要件が加わると2年目でDSCR1.0に到達し、3年目以降は1.0割れが常態化する。銀行はここを見ている。DSCR1.0割れが2期連続すると、格付けダウン→金利見直し→DSCR悪化の悪循環が不可避になる。

回避策:金利上昇を「設計対象」にする3つのアクション

① 5年PLは「金利+1.0%ストレスシナリオ」で組む

銀行の審査部は内部で金利ストレステストを実施している。提出する5年PLを最初から+1.0%で組んでおけば、審査部の内部テストと同じロジックで先回りできる。固定金利は変動より0.3〜0.5%高いが、5年間の金利上昇リスクの遮断と格付けダウン防止の保険料としては合理的だ。

特に株式買取資金は日本政策金融公庫の事業承継・集約・活性化支援資金(運転資金最長10年・固定金利)が第一選択肢になる。変動金利の民間銀行で借りた場合と比べ、5年目のDSCRは0.15〜0.30ポイント高く維持できる。

② 退職金は「DSCR1.2維持ライン」から逆算して金額・時期を設計する

退職金の支給額を株価引き下げ効果から決めるケースが多いが、金利上昇局面ではDSCRから逆算する発想が不可欠だ。金利+1.0%シナリオでDSCR1.2を5年間維持できる退職金額を逆算すると、年商3億円モデルでは3,000万円前後が上限になる。5,000万円一括支給はDSCR1.0割れを招くため、分割払い(2年〜3年に分散)で自己資本比率の急落を防ぐ設計が有効だ。

③ 銀行事前相談で「金利上昇シナリオ込みの保守ベースPL」を先行共有する

承継前の銀行事前相談の段階で、現行金利のベースケースに加え、金利+1.0%のストレスシナリオを先行共有しておくこと。私の支援案件では、この先回り報告を行った案件の融資通過率が明らかに高い。銀行側にとっても「この後継者はリスクを把握している」というシグナルになり、審査部の稟議が通りやすくなる。

具体的には、事業承継・M&A補助金15次公募(2026年7月24日締切)に申請する後継者は、申請の2〜3か月前(つまり今すぐ)にメインバンクへ金利シナリオ込みの保守ベースPLを持参するのが最重要アクションだ。

まとめ:金利は「想定外」ではなく「設計変数」

事業承継は退職金・株式取得・設備投資の三重負担が重なるため、金利上昇の影響は通常の設備投資の数倍になる。2026年の日銀利上げ(政策金利1.0%)は31年ぶりの水準であり、経営者にとって「金利が上がる世界」は未経験領域だ。

だからこそ、金利を「想定外の出来事」ではなく「5年PLの設計変数」として組み込む姿勢が、承継後の財務を守る。銀行に提出する5年PLは、楽観的な金利前提ではなく、+1.0%のストレスシナリオで組むのが鉄則だ。

よくある質問(FAQ)

Q1. 変動金利の既存借入を固定金利に借り換えるべきですか?

A. 借入残高1億円以上かつDSCR1.2未満の企業は検討に値します。固定金利は0.3〜0.5%高くなりますが、5年間で金利が+1.0%以上上昇するリスクを遮断できます。ただし、借り換え時に違約金が発生するケースがあるため、メインバンクと事前協議が必要です。

Q2. 事業承継税制(特例措置)を使えば金利上昇の影響は軽減されますか?

A. 事業承継税制は贈与税・相続税の納税猶予制度であり、銀行融資の金利負担とは別の問題です。ただし、税制を活用して株式の有償譲渡を回避できれば、株式買取資金の借入が不要になるため、金利上昇の影響を受ける借入本数が減る効果はあります。贈与実行期限(2027年12月末)を考慮し、税理士と融資設計を同時に進めてください。

Q3. 公庫と民間銀行、どちらで株式買取資金を借りるべきですか?

A. 日本政策金融公庫の事業承継・集約・活性化支援資金は固定金利・最長10年返済のため、金利上昇局面では第一選択肢です。民間銀行は変動金利が主流で返済期間も7年前後と短いため、DSCRへの負荷が大きくなります。公庫で株式買取、民間銀行で設備投資のつなぎ融資——という「役割分担設計」が最も安定する設計です。

Q4. 金利上昇で承継を延期すべきですか?

A. 延期が正解になるケースは限定的です。金利は今後さらに上昇する見通し(2026年12月に1.25%予想)のため、待てば条件が良くなる保証はありません。また、事業承継税制の特例措置は贈与実行期限が2027年12月末であり、延期すると制度が使えなくなるリスクがあります。金利上昇を織り込んだ5年PLを組み、承継可能であれば早期に動く方が合理的です。

参考文献