「男性社員が育休を取ったので、子育てパパ支援助成金を申請したい」——シリーズA〜Bのスタートアップからこういう相談が増えている。男性育休の取得促進はIPO審査の労務コンプライアンスでも評価対象になるし、助成金も出るのだから積極的に設計すべき制度だ。
ただ、結論から言うと、この助成金(正式名称:両立支援等助成金・出生時両立支援コース第1種)は「男性育休を取らせた」だけでは不支給になる。雇用環境整備措置の記録・就業規則の申出期限設定・申請期限の起算日という3つの落とし穴を押さえていないスタートアップが、申請直前で詰まるケースが続いている。
今回は、これら3つの不支給パターンを整理する。あわせて、育休中等業務代替支援コースとの併用で1人の男性育休から最大130万円超を設計する方法も解説する。
出生時両立支援コース(第1種)の概要
まず前提を整理する。出生時両立支援コース(子育てパパ支援助成金)第1種は、男性労働者が産後パパ育休(出生時育児休業)を取得した中小企業事業主に支給される助成金だ。
| 取得者 | 支給額(中小企業) | 支給額(大企業) |
|---|---|---|
| 1人目 | 20万円 | 10万円 |
| 2人目 | 10万円 | 5万円 |
| 3人目 | 10万円 | 5万円 |
産後パパ育休とは、子の出生後8週間以内に最長28日間取得できる育児休業制度(2022年10月創設)だ。出生時両立支援コース第1種では、1人目の取得日数要件は5日以上。
支給を受けるためには雇用環境整備措置を実施することが前提となる。5項目のうち一定数以上を、当該男性労働者が産後パパ育休を取得する前に実施・書類化しておく必要がある。
雇用環境整備措置の5項目:
- ① 育児休業の制度と取得促進に関する社内研修
- ② 育児休業に関する相談窓口の設置
- ③ 育児休業取得事例の収集と労働者への提供
- ④ 制度と育休取得促進方針の周知
- ⑤ 業務配分または人員配置に係る措置
この雇用環境整備措置こそが、最初の落とし穴になる。
パターン①:雇用環境整備措置の研修記録が残っていない
スタートアップでよくあるのが、研修は「やった」けど記録が何も残っていないケースだ。
「全社MTGで育休制度の話をした」「Slackで周知した」——これは研修として認められない。申請書類として提出できる記録がなければ不支給になる。
具体的に必要な書類は次の3点だ。
- 出席簿:参加者の氏名と日付が記載されたもの
- 研修資料:当日使用したスライドや配布資料(育休制度・取得促進の内容が明記されていること)
- 実施記録:誰が研修を行ったか(外部講師の場合は契約書等)、実施日時・場所が確認できるもの
これらがセットで揃っていない場合、①社内研修の雇用環境整備措置は認められない。②相談窓口設置についても「担当者の氏名・連絡先を周知した文書」が必要だ。③〜⑤もそれぞれ実施の証拠書類が求められる。
男性社員の妊娠を知ったタイミングで、まず「どの雇用環境整備措置を実施してドキュメントに残すか」を決める。制度を先行整備してからでないと助成金は取れない構造になっている。育休が始まってから記録を作ろうとしても、事後作成は審査で弾かれる。
パターン②:就業規則の申出期限が1ヶ月前で雇用環境整備が「2つ→3つ」に増える
これが最も見落とされているパターンだ。
産後パパ育休の申出期限(休業開始日の何日前までに申し出なければならないか)は、法定では2週間前までだ。ただし会社が就業規則で「1ヶ月前まで」などより早い申出を定めることもできる。
問題は、申出期限を2週間超(例:1ヶ月前)に設定した場合、雇用環境整備措置を2つではなく3つ以上実施する必要がある点だ。
| 就業規則の産後パパ育休申出期限 | 必要な雇用環境整備措置の数 |
|---|---|
| 2週間以内 | 5項目中2つ以上 |
| 2週間超(例:1ヶ月前) | 5項目中3つ以上 |
なぜこの問題が起きるか。就業規則を雛形から作ったスタートアップは、通常の育児休業の申出期限(1ヶ月前が一般的)と産後パパ育休の申出期限を混同したまま「1ヶ月前」と設定してしまうことが多い。産後パパ育休は機動的に取得できるのが特長なのに、就業規則の申出期限が1ヶ月前のままだと、その特長が消えるだけでなく助成金要件も厳しくなる二重の問題を生む。
対策は2つある。
- 就業規則の産後パパ育休の申出期限を「2週間前」に修正する(推奨)
- やむを得ず1ヶ月前のままにする場合は、雇用環境整備措置を5項目中3つ以上確実に実施・記録する
IPO審査では就業規則の各条文の合理性も問われる。産後パパ育休の申出期限を法定通り2週間前に設定することは、「男性育休を取りやすい職場環境」としての意思表示でもあり、制度設計上も合理的だ。就業規則改定のコストは低い。今すぐ直すべき箇所だ。
パターン③:申請期限の起算日を「通常育休の終了日」と誤解する
出生時両立支援コース第1種の申請期限は、産後パパ育休終了日の翌日から2ヶ月以内だ。この「終了日」をどの育休の終了日と捉えるかが落とし穴になる。
スタートアップで増えているパターンとして、男性が産後パパ育休(最長28日)を取得した後、続けて通常の育児休業(子が1歳になるまで等)に入るケースがある。この場合、出生時両立支援コースの申請期限は産後パパ育休の終了日の翌日から2ヶ月以内であって、通常育休の終了日ではない。
バックオフィスが「育休が全部終わったら申請する」という感覚で動いていると、産後パパ育休が終わってから数ヶ月経過した後に気づいて期限切れになってしまう。
また、産後パパ育休が短期間(5日〜14日)の場合、育休終了日翌日からの2ヶ月はあっという間に到来する。育休開始からわずか70〜75日程度で申請期限が来るため、育休中に申請を怠ったまま復職させてしまうと手遅れになる。
以前、男性社員が育休を5ヶ月取得したクライアントで、バックオフィスが「育休が終わってから申請する」と思い込んで期限を超過したケースがあった。その後、全クライアントに「育休発生→即座に申請スケジュール設定」を標準化した。産後パパ育休と通常育休を続けて取得する場合は、産後パパ育休の終了日を別フラグで管理しないと、通常育休の終了日に引きずられてミスが起きる。
育休中等業務代替支援コースとの併用で最大130万円超の設計
出生時両立支援コースの20万円(第1種・1人目)だけで終わらせるのはもったいない。育休中等業務代替支援コースと組み合わせると、1人の男性育休から最大130万円超の助成金設計が可能になる。
| コース | 最大支給額(中小企業) | 備考 |
|---|---|---|
| 出生時両立支援コース(第1種) | 20万円 | 1人目・産後パパ育休5日以上 |
| 育休中等業務代替支援コース(手当支給等) | 125万円 | 育休中の業務代替への手当支給 |
| 合計 | 最大145万円 | - |
社員10名前後のスタートアップには、育休中等業務代替支援コースの「手当支給等」(最大125万円)の方が「新規雇用」(最大81万円)より要件を満たしやすい。ただし、就業規則に業務代替に関する規定(業務整理・手当支給基準)を先行整備しておくことが前提だ。
出生時両立支援コース(第1種)と育休中等業務代替支援コースは同一の育休取得者について併用申請が可能だ。ただし出生時両立支援コース(第1種)と育児休業等支援コース(育休取得時)は同一の育休取得者について選択適用(いずれか一方)となる点に注意が必要だ。
防止策:出産予定日判明時点での逆算スケジュール
3つのパターンをまとめて防止するには、出産予定日が判明した時点で次のチェックリストを実行することが唯一の方法だ。
- 就業規則の産後パパ育休申出期限を確認:1ヶ月前になっていたら即修正(推奨)、または雇用環境整備措置を3つに拡充する計画を立てる
- 雇用環境整備措置を2〜3つ実施・記録:出席簿・研修資料・実施記録の三点セットを事前に準備する
- 産後パパ育休の開始・終了予定日を確定し、申請期限(終了日翌日+2ヶ月)をカレンダー登録
- 通常育休への移行がある場合は、産後パパ育休の終了日を別途管理して申請期限と混同しないようにする
Slackに社労士チャンネルを設置して、妊娠・出産の報告が入ったタイミングで即座に動ける体制を作ることが最も効果的だ。情報がリアルタイムで共有されれば、期限管理のミスは構造的に防止できる。
まとめ
出生時両立支援コース(子育てパパ支援助成金)で不支給になる3パターンをまとめる。
- パターン①:雇用環境整備措置の研修記録(出席簿・資料・実施記録)が残っていない
- パターン②:就業規則の産後パパ育休申出期限が1ヶ月前で、必要な雇用環境整備措置が3つに増えているのに2つしか実施していない
- パターン③:申請期限を通常育休終了日から起算してしまい、産後パパ育休終了日起算の期限(終了日翌日+2ヶ月)を過ぎる
男性育休の取得促進は助成金受給だけでなく、IPO審査の労務コンプライアンスとしても重要性が増している。制度を先行整備してから動く——これがスタートアップの助成金設計の原則だ。育休発生後に気づいても間に合わないケースがほとんどなので、採用・在籍段階から就業規則と雇用環境整備措置を整えておく設計が必要になる。
よくある質問
- Q. 産後パパ育休を4日しか取得していないが出生時両立支援コースは申請できるか?
- 1人目の場合、産後パパ育休の取得日数が5日以上であることが要件です。4日では要件を満たしません。ただし産後パパ育休を複数回に分けて取得した場合は通算日数で判断されます(最大2回まで分割取得が可能)。
- Q. 雇用環境整備措置は「社内研修」と「相談窓口設置」の2つを実施すれば足りるか?
- 就業規則の産後パパ育休申出期限が2週間以内であれば、5項目中2つで足ります。ただし申出期限が2週間超(例:1ヶ月前)に設定されている場合は3つ以上必要です。また、各措置について記録書類(出席簿・研修資料・実施記録等)が揃っていることが前提です。
- Q. 出生時両立支援コースと育休中等業務代替支援コースは同一人物の育休で同時に申請できるか?
- 出生時両立支援コース(第1種)と育休中等業務代替支援コースは、同一の育休取得者について併用申請が可能です。ただし、出生時両立支援コース(第1種)と育児休業等支援コース(育休取得時)は同一の育休取得者に対して選択適用(いずれか一方のみ)となります。
- Q. 申請期限を過ぎてしまった場合の対応は?
- 申請期限超過は不支給の確定事由です。支給後の取り消しではなく、そもそも申請が受け付けられません。期限超過が判明した場合、次の育休取得者に備えて今すぐ雇用環境整備の仕組みを整えることが唯一の対応策です。
- Q. IPO準備中のスタートアップで、出生時両立支援コースの受給実績はIPO審査でどう扱われるか?
- 助成金の受給実績は労務コンプライアンスの積極的な取り組みとして評価されます。ただし、雇用環境整備措置の実施記録・申請書類・支給通知書を一式保管しておく必要があります。IPO労務監査では助成金の申請書類と就業規則・運用実態の整合性が確認対象となります。






