結論から言うと、特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)は「採用が決まってから」では遅い助成金です。勝負は求人を出す前、つまり採用ルートの設計段階で決まります。
スタートアップでよくあるのが、スカウトやリファラルで良い人が見つかり、入社後に「この人、助成金の対象だったかも」と気づくパターンです。この記事では、厚生労働省の公開情報で確認できた範囲に絞って、取り逃しの3パターンと対策を整理します。
まず制度の全体像:誰を採ると、いくら出るのか
厚労省のページによると、特定就職困難者コースの支給額(中小企業事業主・1人あたり)は次のとおりです。
| 対象労働者 | 週所定30時間以上 | 週20時間以上30時間未満 |
|---|---|---|
| 高年齢者(60歳以上)、母子家庭の母等 | 60万円(1年) | 40万円(1年) |
| 身体・知的障害者(重度等を除く) | 120万円(2年) | 80万円(2年・精神障害者を含む) |
| 重度障害者等 | 240万円(3年) | 80万円(2年) |
※短時間労働者の区分は、重度障害者等を含む身体・知的・精神障害者として80万円(2年)とされています。各支給対象期の額は、その期に支払った賃金額が上限です。最新の区分・金額は必ず厚労省ページで確認してください。
主な要件は次のとおりです。
- ハローワーク、または許可・届出を受けた民間の職業紹介事業者等の紹介で雇い入れること
- 雇用保険の一般被保険者または高年齢被保険者として雇い入れ、継続雇用が確実と認められること
- 対象労働者が65歳に達するまで継続して雇用し、かつ雇用期間が継続して2年以上であること
- 有期雇用の場合は、雇用契約書で「自動更新」であることが確認できること(2023年10月1日以降)
金額だけ見ると、キャリアアップ助成金の正社員化コースより小粒に見えるかもしれません。ただ、障害者雇用は法定雇用率の観点でも、IPO審査での人事体制の説明でも効いてきます。助成金は副産物、本丸は採用の設計です。
パターン1:紹介ルートを通さずに採用してしまう
最も多いのがこれです。この助成金は「紹介により雇い入れること」が要件になっています。愛知労働局の案内でも、原則として、特定求職者雇用開発助成金の対象労働者であることを明示した職業紹介を行った場合のみ、支給申請ができるとされています。
スタートアップの採用は、ダイレクトリクルーティング、SNS、リファラルが中心です。これらのルートで採用した人が、あとから対象者の条件に当てはまると分かっても、紹介要件を満たせないおそれが高いです。
対策
- 対象者の採用を考えた時点で、内定を出す前に管轄のハローワークへ相談する(紹介前の内定の扱いは厚労省ページに記載がないため、労働局への事前確認が必須)
- 民間の職業紹介事業者を使う場合は、許可・届出の有無と、助成金の対象になる旨を明示した紹介になるかを確認する
- 求人票の段階で、職務内容と配慮事項を具体化しておく
制度を先に整えてから採用を動かす。この順番を守るだけで、取り逃しの大半は防げます。
パターン2:「2年以上の継続雇用」と契約設計が噛み合っていない
2つ目は契約の設計です。要件は「65歳まで継続雇用」かつ「雇用期間が継続して2年以上」。スタートアップは、最初は6か月の有期契約でお互いに様子を見る運用が多く、ここで引っかかります。
- 更新の定めが曖昧:有期雇用の場合、雇用契約書で「自動更新」であることが確認できる必要があります。「更新する場合がある」という書き方では、確認できない可能性があります。
- 試用期間の延長・短期での契約終了:支給対象期の途中で自己都合以外の離職が発生すると、支給に影響するのが助成金の一般的な構造です。事業の方向転換(ピボット)が多い会社ほど、ポジションの継続性を事前に見積もる必要があります。
- 週の所定労働時間の設定:週30時間以上か20〜30時間かで金額が変わります。フレックスや業務委託からの切替時に、所定労働時間を雇用契約書にどう書くかで区分が決まります。
対策
就業規則と雇用契約書のひな形に、更新条項と所定労働時間の書き方をあらかじめ組み込んでおきます。私のクライアントでも、ひな形が雛形のままの会社は、ここで必ず修正が入ります。3年後の人事制度として残るか、IPO審査で説明できるか。この2点で契約の型を決めるのが近道です。
パターン3:書類の整合性が取れず、申請段階で止まる
3つ目は申請書類です。愛知労働局の案内によると、令和8年4月以降の申請分から、添付書類として賃金台帳の提出が確認できない場合は不支給となるとされています。
スタートアップの給与管理はクラウド給与ソフトが中心なので、賃金台帳そのものは出せることが多いです。落とし穴は中身です。
- 勤怠の締め日と賃金の支払日がずれていて、支給対象期の賃金額が追えない
- 入社月の日割り計算や手当の変更が、雇用契約書と一致していない
- 雇用保険の資格取得届の日付と、実際の雇入れ日がずれている
各支給対象期の額は、その期に支払った賃金額が上限です。給与設計が崩れていれば、満額に届きません。
対策
- 対象者の入社時に、雇入れ日・資格取得日・契約書の記載を1枚の管理表で突き合わせる
- 支給対象期ごとの申請時期をカレンダーに入れる(申請期間は支給要領と労働局で必ず確認)
- 給与計算担当と人事で、賃金台帳の出力ルールを決める
令和8年度の変更点も押さえる
愛知労働局の案内では、令和8年5月1日以降、ハローワーク等で就労に向けた個別支援を受けている高年齢者(60歳以上)が対象労働者になるとされています。また、成長分野人材確保・育成コースは令和7年度限りで廃止されたとの記載もあります。年度ごとに対象者の定義は動くため、古い記事や過去の経験で判断するのは危険です。
3パターンを1枚で確認:採用前チェックリスト
- 求人を出す前に、対象者の採用を検討しているとハローワークへ相談したか
- 採用ルート(ハローワークまたは許可・届出済みの民間紹介)が紹介要件を満たすか
- 雇用契約書に自動更新と所定労働時間が明記されているか
- 65歳までの継続雇用と2年以上の雇用が、事業計画と整合するか
- 賃金台帳・勤怠・契約書の日付と金額が一致しているか
朝のヨガのあと、Slackで採用の相談を受けることが多いのですが、「もう内定出しました」という連絡が入った時点で、できることは限られます。助成金単体の相談はお断りしていますが、採用方針の相談なら、この助成金は選択肢に入れる価値があります。
よくある質問
Q1. すでに入社している社員でも対象になりますか。
紹介により雇い入れることが要件なので、入社済みの社員を後から対象にするのは難しいと考えるのが安全です。個別の事情は管轄の労働局で確認してください。
Q2. 正社員でなくても対象になりますか。
厚労省ページでは、雇用保険の一般被保険者または高年齢被保険者として雇い入れ、継続雇用が確実と認められることが要件です。有期雇用の場合は自動更新であることが契約書で確認できる必要があります。
Q3. キャリアアップ助成金と併用できますか。
同一の対象者・同一の趣旨での併給調整があり得るため、私は事前に労働局へ確認するよう案内しています。この記事の範囲では、併用可否は確認できていません。
Q4. 助成金のために採用を決めてもいいですか。
おすすめしません。人事課題が先、助成金は副産物です。採用すべき職務が先にあり、その結果として対象になる、という順番が長続きします。






