結論から言うと、特定求職者雇用開発助成金(特開金)は令和8年度に3つの大きな改正があり、その変更を把握せずに採用を進めたスタートアップが不支給に陥るケースが急増している。バックオフィス採用でハローワークを活用すれば最大60万円が受給できる制度だが、令和8年4月・5月の連続改正でルールが根本から変わった。

スタートアップでよくあるのが、「前年度に使った感覚でそのまま申請する」というパターンだ。令和7年度に成長分野コースで採用実績があるチームが、令和8年度も同じ設計で動こうとして、コース自体が廃止されていることに気づかない。年間100件超の助成金を処理する立場から、令和8年度の特開金で発生している3つの不支給パターンを整理する。

特定求職者雇用開発助成金(特開金)の基本と令和8年度の全体像

特定求職者雇用開発助成金は、高年齢者・障害者・母子家庭の母などの就職困難者をハローワーク等の職業紹介により継続雇用した事業主に、賃金の一部を助成する制度だ。スタートアップのバックオフィス採用(経理・総務・カスタマーサポート)では「特定就職困難者コース」が最も活用頻度が高い。

2026年8月時点(令和8年度)での全コース構成は以下のとおりだ。

コース対象中小企業の最大支給額
特定就職困難者コース高年齢者・障害者・母子家庭の母等最大240万円
生涯現役コース65歳以上の高年齢者最大70万円
被災者雇用開発コース東日本・熊本等の被災離職者最大90万円
就職氷河期世代安定雇用実現コース氷河期世代(不安定就労等)最大60万円

令和7年度まで存在した「成長分野等人材確保・育成コース」は、令和8年4月1日をもって廃止された。IT・DX人材採用で1.5倍の支給倍率が適用されていたコースだ。

【不支給パターン①】成長分野コース廃止を知らずIT・DX人材で1.5倍支給を見込む

スタートアップのエンジニア採用で最も多いのが、このパターンだ。令和7年度に成長分野等人材確保・育成コースを使い「障害のある30代エンジニアを採用して90万円受給した」という実績があるチームが、令和8年度も同じ設計で採用計画を組む。

しかし成長分野コースは令和8年4月1日に廃止された。令和8年4月以降に採用する場合、IT・DX分野であっても通常の「特定就職困難者コース」が適用される。中小企業の場合、重度障害者等を週30時間以上で雇い入れた場合に最大240万円が支給されるが、支給倍率は廃止前の1.5倍加算はなくなる。

スタートアップが陥るパターン:

  • 令和7年度の採用成功体験を基に「IT人材なら1.5倍になる」と社内説明してしまう
  • 予算計画に1.5倍支給額を織り込んだまま採用を開始する
  • 申請段階でコース廃止が判明し、支給額が予算と乖離する

対策は制度ありきで採用計画を見直すことだ。制度を先に整えてから採用スケジュールを組むという発想が必要だ。令和8年度の現行コースと支給額を社労士に確認してから採用計画の予算を確定する。廃止されたコースの情報がネット上に残っているため、厚労省の公式サイトで最新のリーフレットを確認することが前提となる。

【不支給パターン②】令和8年4月から賃金台帳提出が必須化されクラウド給与ソフトの出力が法定要件を満たさない

令和8年4月1日以降、特定求職者雇用開発助成金の全コースで賃金台帳の提出が必須化された。この改正で顕在化したのが、クラウド給与ソフト(freee人事労務・マネーフォワード給与等)の出力フォーマット問題だ。

助成金申請で必要な賃金台帳は、労働基準法施行規則第54条で定める8項目(労働者名・賃金計算期間・労働日数・労働時間数・時間外・休日・深夜の各労働時間数・基本給・手当等の種類と金額・控除項目)をすべて記載したものが求められる。クラウド給与ソフトのデフォルト出力は、この8項目を完全にカバーしていないケースがある。

スタートアップが陥るパターン:

  • 「給与ソフトから賃金台帳を出せばよい」と思い込み、事前確認をしない
  • 申請直前に窓口担当から「法定要件を満たしていない」と指摘されて差し戻される
  • 再出力のために給与設定を変更する工数が発生し、申請期限に間に合わない

以前、シリーズBのSaaS企業のバックオフィス採用を支援した際、Wantedlyと並行してハローワークにも求人を出す提案をして採用に成功した。採用された方は即戦力の経理ベテランで、特定就職困難者コースで60万円を受給できた。この事例でも採用前に行ったのが、賃金台帳の出力項目を社労士が確認するフローだ。令和8年4月からはこの確認が全コース共通で必須になった。

対策:

  1. クラウド給与ソフトの管理者設定で「賃金台帳」の出力カスタマイズを確認する
  2. 労働時間数(通常・時間外・休日・深夜の別)が個別に記載されているか確認する
  3. 不足項目がある場合は、PDF出力後に手書き補記するか、テンプレートを別途用意する
  4. 導入初日の30分チェックリストに「賃金台帳出力確認」を追加する

【不支給パターン③】令和8年5月から60歳以上高年齢者に個別支援要件が追加されたことを見落とす

令和8年5月1日以降、特定就職困難者コースの高年齢者区分(60歳以上)について、「ハローワーク等において就労に向けた個別支援を受けていること」が新たな要件として追加された。

この改正は令和8年4月の賃金台帳必須化と1ヶ月ずれて施行されているため、見落としやすい。令和8年4月の改正は把握していても、5月の改正を見ていないスタートアップは多い。

スタートアップが陥るパターン:

  • 定年退職後の再雇用支援でハローワーク経由で60歳以上の方を採用
  • 「ハローワーク経由だから要件を満たす」と判断する
  • 個別支援を受けていることの確認が取れず、申請段階で不支給判定

令和8年5月1日以降に60歳以上の方を採用する場合は、採用前にハローワークへ「この方が個別支援を受けているか」を必ず確認する必要がある。職業紹介を受ける際に、紹介状に「個別支援を受けている旨」が明記されているかどうかがポイントになる。採用後に確認しようとしても、遡って証明できない場合があるため、採用プロセスの段階で確認を組み込む。

民間チャネル併用時の「雇用の予約」リスクと採用チャネル設計

上記3つの改正ポイントとは別に、スタートアップが陥りやすいのが「雇用の予約」判定だ。Wantedly・LinkedIn・スカウト型サービス等の民間チャネルで先に候補者に接触し、その後ハローワーク経由に切り替えるケースがある。

この場合、ハローワークの職業紹介が「雇用の予約」(雇用を確約した状態での形式的な紹介)と判断され、助成金の対象から外れるリスクがある。採用確度が高い候補者を「念のためハローワーク経由にする」という発想は、特開金では逆効果になる。

採用チャネル設計の原則:

  • 民間チャネルで先にアプローチした候補者はハローワーク経由に切り替えない
  • 特開金を使いたい採用枠は、最初からハローワークに求人を出す
  • 採用経路ごとに候補者管理を分け、チャネルの事後変更を禁止するオペレーションルールを設ける
  • SlackやATS(採用管理ツール)で採用チャネルを記録しておく

スタートアップでよくあるのが、採用担当者とバックオフィス担当者が別々に動いていて情報が共有されていないケースだ。採用担当がLinkedInでスカウトした候補者を、バックオフィス担当がハローワーク経由に切り替えようとするミスが発生しやすい。SlackにHR×社労士のチャンネルを作り、採用決定前のチャネル確認を必須にする仕組みが対策として有効だ。

令和8年度の特開金を副産物として取り込む採用設計フロー

制度を先に整えてから採用スケジュールを組む原則は、特開金でも同じだ。以下のフローで設計する。

  1. 採用要件の確定: 採用したい人材像と、特開金の対象者区分(高年齢者・障害者・母子家庭の母等)が一致するか確認する
  2. ハローワーク求人の事前登録: 「特定求職者雇用開発助成金の対象者を求む」旨を明示した求人を出す(通常求人と別扱いになる)
  3. 紹介状の取得確認: 候補者がハローワークから紹介状を取得しているか、面接前に必ず確認する
  4. 雇入れ時の書類整備: 雇用契約書・労働条件通知書の記載と、賃金台帳出力フォーマットの確認を同時に行う(令和8年4月改正対応)
  5. 60歳以上採用時の個別支援確認: 令和8年5月以降は紹介状に個別支援の明記があるか確認する
  6. 申請期限の管理: 雇入れ日から6ヶ月の継続雇用後、支給対象期ごとに申請する(Slackリマインダーで自動化)

FAQ

特定求職者雇用開発助成金は何コースあり、スタートアップで最もよく使うのはどれですか?

令和8年度は4コース(特定就職困難者コース・生涯現役コース・被災者雇用開発コース・就職氷河期世代安定雇用実現コース)です。スタートアップのバックオフィス採用では、高年齢者・障害者・母子家庭の母などを対象とする「特定就職困難者コース」が最も活用しやすく、中小企業では最大240万円が受給可能です。なお成長分野コースは令和8年4月に廃止されています。

令和8年4月から賃金台帳の提出が必須になりましたが、クラウド給与ソフトの出力で大丈夫ですか?

ソフトによって異なります。労働基準法施行規則第54条の8項目(労働時間数を通常・時間外・休日・深夜別に記載する等)が含まれているか確認が必要です。freee人事労務・マネーフォワード給与等のデフォルト出力では項目が不足している場合があります。採用前にサンプル出力を社労士に確認させてください。

Wantedlyで先に接触した候補者を、あとからハローワーク経由に切り替えることはできますか?

できません。民間チャネルで先に接触・面接をした候補者をハローワーク紹介に切り替えることは「雇用の予約」と判断され、特定求職者雇用開発助成金の対象外となります。特開金を使いたい採用枠は最初からハローワークに求人を出し、紹介状を面接前に取得する手順を守ってください。

60歳以上の方を採用する場合、令和8年5月から何が変わりましたか?

令和8年5月1日以降に採用する60歳以上の方については、「ハローワーク等において就労に向けた個別支援を受けていること」が新たに必要になりました。単にハローワーク経由で採用しただけでは要件を満たさない場合があります。採用前にハローワーク窓口で個別支援の有無を確認し、紹介状に明記されているか確認してください。

特定求職者雇用開発助成金の申請期限はいつですか?

雇入れ日から6ヶ月の「支給対象期」ごとに申請します。申請期限は各支給対象期の末日翌日から2ヶ月以内です。少人数スタートアップはバックオフィスが兼務になりやすいため、雇入れ日にSlackリマインダーを設定してオペレーション化してください。

参考文献