補助金の採択後に銀行融資が通らない——この相談が後を絶たない。原因は事業計画の中身ではなく、補助金の審査員と銀行の審査部が見ているポイントの違いにある。
補助金の審査は「成長性」と「革新性」を評価する。だから売上計画は強気に、投資額は大きく書いた方が点数が伸びる。一方、銀行の融資審査は「返済可能性」を評価する。売上計画は保守的に、投資額は必要最低限であるほど通りやすい。
融資審査の目線で言うと、この構造的な矛盾を1枚の5年PLで解決する方法がある。本記事では、年商3億円・経常利益率4%の製造業モデルを使い、補助金申請と銀行融資審査を同時に通す5年PLの作り方を3ステップで解説する。
補助金審査と融資審査の「見ているポイント」比較
まず、両者の評価軸の違いを整理する。メガバンクの融資課で1,000件以上の審査を担当し、独立後は補助金申請を100件以上支援してきた経験から、以下の比較表をまとめた。
| 評価軸 | 補助金審査 | 銀行融資審査 |
|---|---|---|
| 売上計画 | 成長率の高さを評価(年10〜15%成長で高得点) | 蓋然性を評価(ボトムアップの積上げを要求) |
| 投資額 | 大きいほど事業インパクトが評価される | 小さいほどDSCRが安定し審査が通りやすい |
| 利益計画 | 付加価値額の増加率を重視 | 経常利益とフリーCFの安定性を重視 |
| リスク記述 | 課題認識と対応策を書くと加点 | リスクが多すぎると減点(保守的でも通る) |
| 計画の前提 | 楽観シナリオが受け入れられやすい | ストレスシナリオ(金利+1.0%等)を要求 |
この表を見て「二つの事業計画を作ればいい」と考えるかもしれない。しかし、それは最悪の選択だ。銀行は補助金の申請書を取り寄せて照合することがある。売上計画が3倍も乖離していれば、融資は即座に差し戻される。
正解は、銀行向けの保守ベースケースPLを先に作り、それを補助金申請書にそのまま転記することだ。
ステップ1:売上計画を「ランプアップ×ボトムアップ」で組む
新事業や新設備からの売上を1年目から100%稼働で計上するPLは、補助金審査では通っても銀行審査で止まる。
銀行はここを見ている——新事業の売上が初年度から計画通りに立ち上がるケースは稀であり、審査部はランプアップ(段階的な立ち上がり)を織り込んだ計画を信頼する。
| 年度 | 稼働率 | 新事業売上(フル稼働時3,000万円の場合) |
|---|---|---|
| 1年目 | 20% | 600万円 |
| 2年目 | 50% | 1,500万円 |
| 3年目 | 80% | 2,400万円 |
| 4年目 | 100% | 3,000万円 |
| 5年目 | 100% | 3,000万円 |
このランプアップ曲線は補助金審査でもマイナスにならない。むしろ「現実的な計画」として評価されることが多い。重要なのは、各年度の売上根拠をトップダウン(市場規模×シェア)ではなくボトムアップ(見込み顧客×単価×受注確度)で積み上げることだ。
たとえば「地域の製造業100社のうち20社に営業→受注確度30%→6社×年間500万円=3,000万円」という積上げがあれば、補助金審査員も銀行の審査部も納得する。
ステップ2:賃上げ要件の5年累計コストを「先に」PLに織り込む
補助金の賃上げ要件(ものづくり補助金・新事業進出補助金で年率3.5%)は、5年間の複利で効く。年商3億円・従業員30名・平均年収400万円のモデルでは、5年間の累計追加コストは約5,780万円になる。
| 年度 | 年間賃上げ追加コスト | 累計 |
|---|---|---|
| 1年目 | 420万円 | 420万円 |
| 2年目 | 855万円 | 1,275万円 |
| 3年目 | 1,305万円 | 2,580万円 |
| 4年目 | 1,771万円 | 4,351万円 |
| 5年目 | 2,254万円 | 6,605万円 |
多くの申請者が犯す致命的なミスは、この賃上げコストを新事業の売上増で吸収する前提でPLを組むことだ。ステップ1のランプアップ曲線で分かる通り、新事業売上は1〜2年目に低迷する。そこに賃上げコストが複利で乗ると、3年目にフリーCFがマイナスに転落する。
正しい設計は、賃上げ原資を既存事業の利益だけで吸収できるPLを先に組むことだ。新事業売上はあくまで上振れ余地として扱い、PLのベースケースには織り込まない。こうすることで銀行の審査部が行うストレステスト(新事業売上50%減)にも耐えられる。
ステップ3:DSCR1.2維持ラインから「投資額」を逆算する
ステップ1・2で売上計画と賃上げコストが確定したら、最後にDSCR1.2を5年間維持できる投資額の上限を逆算する。
年商3億円・経常利益率4%のモデルで計算すると——
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 経常利益 | 1,200万円 |
| 減価償却費(既存設備) | 300万円 |
| 返済原資 | 1,500万円 |
| 既存借入の年間返済 | 500万円 |
| 新規投資に回せる返済原資 | 1,000万円 |
| DSCR1.2維持の年間返済上限 | 1,000 ÷ 1.2 = 833万円 |
| 3年目の賃上げコスト控除後 | 833 − (1,305 ÷ 12ヶ月 × 返済影響分)≒ 約700万円 |
| 7年返済での借入上限 | 700 × 7 = 約4,900万円 |
| 補助率1/2の場合の投資総額 | 4,900 ÷ 0.5 = 約9,800万円(理論値) |
| 賃上げ織込後の安全投資上限 | 約3,500万円 |
理論上の投資上限は約9,800万円だが、賃上げコストの複利効果とランプアップ期間中の売上低迷を保守的に織り込むと、安全な投資上限は約3,500万円に縮小する。これは補助金の上限額とは無関係に、自社の財務体力から決まる数字だ。
朝5時に決算書を広げてこの逆算を繰り返してきたが、「投資額は補助金の上限ではなく、返せる額から決める」——これが融資審査を通すPLの鉄則だ。
5年PLでよくある3つの失敗パターン
| 失敗パターン | 補助金審査 | 銀行審査 | 対策 |
|---|---|---|---|
| 1年目から売上100%稼働 | 通ることもある | 即否決 | ランプアップ曲線(20→50→80→100%)を採用 |
| 賃上げ原資を新事業売上に依存 | 計画上は辻褄が合う | ストレステストで崩壊 | 既存事業利益だけで賃上げを吸収する設計 |
| 投資額を補助金上限に合わせる | 高評価になりうる | DSCR1.0割れで否決 | DSCR1.2逆算で投資額を先に決める |
よくある質問(FAQ)
Q1. 補助金申請用と銀行提出用で数字を変えてはいけないのですか?
数字を変えてはいけません。銀行は補助金の採択通知書や申請書の写しを融資審査で要求することがあります。売上計画が大幅に乖離していると、信頼性の問題として差し戻されます。銀行向けの保守ベースケースPLを先に作り、そのまま補助金申請に転記する方法が最も安全です。
Q2. 保守的なPLでは補助金の審査で低い評価にならないのですか?
実務的には問題ありません。補助金の審査員も「絵に描いた餅」より「実現可能な堅実な計画」を評価する傾向が強まっています。特にものづくり補助金・新事業進出補助金では、事業化面の審査で「計画の実現性」が配点の重要項目です。ボトムアップの売上根拠があれば、ランプアップ曲線でも十分に高得点を取れます。
Q3. 5年PLを作る際に金利上昇リスクはどう織り込むべきですか?
2026年6月の日銀利上げ(政策金利1.0%)を踏まえ、変動金利の場合は現行金利+1.0%のストレスシナリオでPLを組むのが鉄則です。これは銀行の審査部が内部テストで使うのと同じロジックで、先回りで提出すると「この申請者は分かっている」と評価されます。固定金利を選べばこのリスクは遮断できます。
Q4. 補助金コンサルに任せたPLと銀行に出すPLが別々になっているのですが、どう一本化すればよいですか?
まず銀行向けの保守ベースケースPLを新たに作成し、これを正本にしてください。補助金コンサルには「銀行融資と併走するため、このPLベースで申請書を書き直してほしい」と伝えます。理想的には、補助金コンサルと銀行の担当者を同席させるキックオフミーティングを設定すると、手戻りが大幅に減ります。
Q5. この3ステップの順番を変えてもよいですか?
順番は厳守してください。ステップ3のDSCR逆算が先に来ると、投資額ありきで売上計画や賃上げ設計を「辻褄合わせ」してしまい、結果として銀行のストレステストに耐えられないPLになります。売上計画→賃上げコスト→投資額の順で「積み上げる」ことが重要です。
まとめ:5年PLは「銀行が貸すか」を先に問う
PLの構造を見ると、補助金の審査を通すPLと銀行の融資審査を通すPLは、一見すると相反する。しかし、銀行向けの保守ベースケースを土台にすれば、補助金審査も突破できる。
3つのステップを改めて整理する。
- 売上計画をランプアップ×ボトムアップで組む——1年目20%→4年目100%の曲線と、顧客単位の積上げ根拠
- 賃上げ要件の5年累計コストを先に織り込む——新事業売上に依存せず、既存事業利益で吸収する設計
- DSCR1.2維持ラインから投資額を逆算する——補助金の上限ではなく、返せる額から決める
この順序でPLを組めば、補助金の申請書を銀行にそのまま出しても矛盾が生じない。補助金申請の2〜3ヶ月前に、メインバンクとこのPLを共有しておくことが、採択後の資金繰りを守る最初のアクションだ。





