補助金を使って設備投資をしたい——そう考えて申請準備を始める中小企業は多い。しかし「融資審査の目線で言うと」、見落とされがちな論点がある。そもそも、あなたの会社が銀行から借りられる投資額の上限はいくらなのか、という問いだ。
2026年度から新事業進出補助金とものづくり補助金が統合され、グローバル枠では補助上限が最大7,000万円(大幅賃上げ特例時9,000万円)に拡大する。補助率2/3が適用されれば自己負担は圧縮されるが、投資額が大きくなるほど融資審査のハードルも上がる。
本記事では、DSCR(Debt Service Coverage Ratio:元利金返済カバー率)1.2を5年間維持できる設備投資額の上限を、年商・経常利益率から逆算する方法を解説する。
DSCRとは何か——銀行が最初に見る数字
DSCRとは「事業から生まれるキャッシュフローが、年間の借入返済額の何倍あるか」を示す指標だ。計算式はこうなる。
DSCR =(経常利益 + 減価償却費)÷ 年間元利金返済額
銀行の内部審査では、DSCR 1.0が「返済可能ラインぎりぎり」、1.2以上が融資検討の最低ライン、1.5以上で「安心して長期融資を出せる水準」とされている。私がメガバンクの融資課にいた10年間で1,000件以上の審査を担当したが、設備投資案件でDSCR 1.2を5年間維持できない計画は、ほぼ例外なく差し戻しか否決だった。
逆算の3ステップ——年商3億円・経常利益率4%モデル
では、具体的にどう計算するか。年商3億円・経常利益率4%の製造業をモデルに、3ステップで逆算してみる。
ステップ1:返済原資を算出する
まず、設備投資の融資返済に充てられるキャッシュフロー(CF)を把握する。
- 年商3億円 × 経常利益率4% = 経常利益 1,200万円
- 既存借入の年間返済額:500万円(仮定)
- 既存返済後の余剰CF:1,200万円 − 500万円 = 700万円
ここに減価償却費を加算するが、新規設備の減価償却費は投資額に依存するため、後で調整する。
ステップ2:DSCR1.2から年間返済可能額を逆算する
「PLの構造を見ると」、DSCR 1.2を維持するには、新規融資の年間返済額が余剰CFの一定範囲に収まる必要がある。
新規設備投資額をXとし、補助率1/2、融資期間7年(据置なし)、設備耐用年数12年と仮定すると:
- 自己負担額(融資額)= X × 1/2
- 年間元利金返済額 = X/2 ÷ 7 = X/14
- 年間減価償却費 = X ÷ 12 ≒ X/12
DSCR 1.2の条件式に代入する:
(1,200万 + X/12)÷(500万 + X/14)≧ 1.2
これを解くと、X ≦ 約4,200万円が安全ラインとなる。
ステップ3:賃上げ要件のコストを織り込む
2026年度の新事業進出・ものづくり補助金では、賃上げ要件として給与支給総額の年率3.5%増加が求められる。年商3億円・人件費率40%の企業なら、人件費1.2億円 × 3.5% = 年間420万円の追加コストが複利で積み上がる。
賃上げコストを織り込んで再計算すると、2年目以降の経常利益が圧縮され、安全な投資上限は約3,500万円まで下がる。
年商別の投資上限早見表
同じ方法で年商別に逆算した結果を早見表にまとめた(経常利益率4%、既存借入返済500万円/年、補助率1/2、7年返済の前提)。
| 年商 | 経常利益 | 賃上げ織込前 | 賃上げ3.5%織込後 |
|---|---|---|---|
| 1億円 | 400万円 | 約1,200万円 | 約800万円 |
| 2億円 | 800万円 | 約2,800万円 | 約2,200万円 |
| 3億円 | 1,200万円 | 約4,200万円 | 約3,500万円 |
| 5億円 | 2,000万円 | 約7,000万円 | 約5,800万円 |
| 10億円 | 4,000万円 | 約1.4億円 | 約1.2億円 |
朝5時に決算書を広げてこの逆算をやるのが私の日課だが、この表を見せると「思ったより少ない」と驚く経営者が多い。補助金の上限額ではなく、自社の財務体力から逆算した投資上限が本当の制約条件だということを理解してほしい。
銀行が否決する3つの「逆算なし」パターン
パターン1:補助金の上限額=投資額と決めてしまう
「補助上限4,000万円だから投資額を4,000万円にしよう」と決める企業は多い。だが年商2億円の企業が4,000万円の設備投資をすれば、賃上げ込みのDSCRは0.9台に沈む。補助金の上限と自社の投資上限は別物だ。
パターン2:新事業の売上を初年度100%で計画する
新規設備による売上増を1年目から100%稼働で織り込むと、銀行はその時点で計画の蓋然性を疑う。売上のランプアップは1年目20%→2年目50%→3年目80%→4年目100%が融資審査を通す鉄則だ。
パターン3:つなぎ融資のDSCRインパクトを無視する
精算払い(後払い)の補助金では、採択から入金まで半年〜1年のタイムラグがある。その間のつなぎ融資も与信残高に計上されるため、一時的にDSCRが0.5前後まで急落することがある。この瞬間値で内部格付けが下がると、既存融資の金利見直しという悪循環に入る。
まとめ——投資額は「もらえる額」ではなく「返せる額」から決める
補助金は「もらう」ものではなく「借りる」に近い構造を持っている。賃上げ要件、処分制限、報告義務——これらの制約を5年間背負いながら、融資返済も同時に回していく必要がある。
投資額を決める順番は、①DSCR1.2から逆算した投資上限を算出→②賃上げ要件の5年累計コストを織り込み→③補助金の上限額と比較して小さい方を採用——この3ステップを踏むことで、採択後の融資否決や資金ショートを防げる。
よくある質問(FAQ)
Q1. DSCR1.2ではなく1.5を基準にすべきケースはありますか?
投資額が1億円を超える大型案件(成長加速化補助金など)では、DSCR1.5を5年間維持できる水準に投資額を抑えるのが安全設計です。投資規模が大きいほど、売上の下振れリスクが返済に与えるインパクトが拡大するためです。
Q2. 経常利益率が2%台の企業は補助金を使った設備投資を避けるべきですか?
経常利益率2%台で既存借入がある場合、賃上げ要件を織り込むとDSCR1.2を維持できる投資額が極めて小さくなります。まず既存事業の収益改善を優先し、経常利益率3%以上に引き上げてから設備投資を検討する方が財務的に合理的です。
Q3. 補助率が2/3に上がれば投資上限も増えますか?
補助率2/3なら自己負担は投資額の1/3に圧縮されるため、同じDSCR条件でも投資上限は1.5倍程度に拡大します。ただし最低賃金引上げ要件など補助率引上げの条件を満たす必要があるため、要件の追加コストも織り込んで再計算してください。
Q4. 設備の耐用年数が短い場合、投資上限はどう変わりますか?
耐用年数が短いと年間の減価償却費が大きくなり、見かけ上のCFは増えますが、投資回収期間が耐用年数の70%を超えると3年目以降にCFが悪化する「7割ルール」に抵触します。耐用年数5年の設備なら、投資回収3.5年以内で回る計画が必須です。






