お盆休みが明けた翌週。後継者候補の長男と初めて「本格的な話」ができた——そう感じた中小企業オーナーが毎年8月下旬に増えます。ところが、その高揚感のまま9月・10月と過ぎると、気づけば2027年12月31日の贈与実行期限まで1年ほどになっている。「まだある」と思っていた時間が、実は設計・申請・審査という3つの並列工程を考えると「もうない」水準に入っています。
元メガバンク融資課として1,000件超の事業承継融資審査に関わった経験から言うと、銀行相談のタイミングを8月中に入れられるかどうかが、この期限に間に合うかどうかの分岐点になります。
2027年12月31日という期限の正確な意味
特例事業承継税制(法人版)の特例措置を使うには、まず特例承継計画を2027年9月30日までに都道府県に提出する必要があります(令和8年度税制改正により2年延長)。ただし計画を提出しただけでは税制優遇は確定しません。2027年12月31日までに実際の株式贈与を実行して初めて、贈与税の納税猶予が適用されます。
ここで多くのオーナーが見落とすのは、贈与実行には自社株の評価額確定が前提になるという点です。
- 自社株評価の算定:3〜6か月(直近3期分の決算書・議事録・株主名簿の整理から)
- 退職金設計とDSCR試算:1〜2か月(役員退職給与規程の整備、5年PLへの影響確認)
- 銀行相談〜融資実行:2〜3か月(自己資本比率の確認、担保評価、稟議)
これらを逆算すると、2027年12月末に間に合わせるには2027年4〜5月には銀行の稟議が通っている必要があり、そのためには遅くとも2026年8〜9月に銀行相談を始めなければなりません。
融資審査の目線で見た「並列3工程」の設計
融資審査の目線で言うと、事業承継案件で銀行が最初に確認するのはDSCR(債務償還カバー率)です。DSCRは税引後利益+減価償却費を年間返済額で割った比率で、1.2以上が融資継続の基準とされます。
後継者への自社株買取融資や退職金支払いのための借入が加わると、この比率が一時的に悪化します。それを5年PLで可視化して銀行に説明できるかどうかが、承継融資の審査通過率を大きく左右します。
【年商3億円・製造業モデルのDSCR試算例】
| 項目 | 承継前 | 承継直後(1年目) | 3年後 |
|---|---|---|---|
| 税引後利益 | 1,800万円 | 900万円 | 1,500万円 |
| 減価償却費 | 600万円 | 600万円 | 600万円 |
| 年間返済額(既存) | 2,000万円 | 2,000万円 | 1,800万円 |
| 退職金融資返済(新規) | — | 1,200万円 | 1,200万円 |
| DSCR | 1.20 | 0.47 | 0.72 |
この数字を見て「通らない」と諦めるのは早計です。PLの構造を見ると、退職金を役員報酬削減と分割支払いに組み替えることで、1年目のDSCRを0.47から1.15まで改善できるケースが多い。銀行はここを見ていて、「設計が甘い」案件と「設計が丁寧な」案件を区別して稟議に回します。
8月中に動くための具体的な3ステップ
お盆明けに後継者との話が進んだなら、8月中に以下の3つを並列で動かしてください。
ステップ1:税理士への「事業承継モード」への切り替え依頼(8月中)
通常の決算申告業務とは別に、「特例承継計画の申請に向けた自社株評価の着手」を正式に依頼します。直近3期の決算書・議事録・株主名簿の整備状況を確認し、不足書類のリストを作成してもらいます。
ステップ2:メインバンク担当者への事前打診(8月〜9月)
「来期の銀行借入の相談がしたい」という名目で構いません。事業承継の全体スケジュールと退職金の概算額を伝え、銀行側の「初期感触」を得ることが目的です。この段階では融資申込書は不要です。
ステップ3:5年PLのドラフト作成(9月〜10月)
税理士・顧問先と連携して、退職金支払い後の5年間のキャッシュフローをドラフトします。DSCRが1.2を下回るシナリオでは、役員報酬削減・分割払い・新規借入の組み合わせを試算して複数案を用意します。
2026年8月〜2027年12月の逆算タイムライン
| 時期 | 主なアクション | 担当 |
|---|---|---|
| 2026年8月 | 後継者との合意形成・税理士への切り替え依頼・銀行打診 | オーナー・税理士 |
| 2026年9〜10月 | 自社株評価着手・5年PLドラフト・銀行との事前協議 | 税理士・銀行 |
| 2026年11〜12月 | 自社株評価額確定・退職金設計最終化・銀行融資申込 | 税理士・銀行 |
| 2027年1〜2月 | 銀行稟議・融資内諾・特例承継計画の最終調整 | 銀行・税理士 |
| 2027年3〜4月 | 融資実行・退職金支払い準備 | 銀行 |
| 2027年5〜8月 | 贈与契約書作成・株主総会決議 | 司法書士・税理士 |
| 2027年9月30日 | 特例承継計画 提出期限 | 都道府県 |
| 2027年10〜11月 | 贈与税申告書の準備・贈与実行の最終確認 | 税理士 |
| 2027年12月31日 | 贈与実行期限(この日までに株式贈与を完了) | 全関係者 |
日銀の政策金利は2026年6月に1.0%へ引き上げられ(2026年7月31日に据え置き確認)、変動金利型融資の利率は上昇局面にあります。退職金融資の返済額試算は現行金利より0.25〜0.5%高い前提で組んでおくと、DSCRの下振れリスクを吸収できます。
よくある質問
後継者がまだ「やる」と正式に言っていなくても、銀行相談は始めていいですか?
始めて構いません。むしろ推奨します。銀行への打診は「情報収集」の段階で行うものであり、融資申込とは別物です。「事業承継を検討中で、資金計画の相談がしたい」という伝え方で十分です。後継者の意思確認が固まる前に銀行の初期感触を得ておくことで、正式決定後の動きが大幅に速くなります。
自社株評価の費用と期間の目安を教えてください。
一般的な中小企業(年商1〜5億円規模)の場合、税理士報酬は30〜80万円程度、期間は3〜6か月です。直近3期の決算書が整っており、議事録・株主名簿に欠落がない場合は3か月程度で完了します。逆に帳簿の整備が必要な場合は6か月を超えることもあるため、早期着手が重要です。
DSCRが1.2を下回る場合、融資は必ず断られますか?
断られるわけではありませんが、銀行内の審査ハードルが上がります。PLの構造を見ると、退職金の分割支払い・役員報酬削減・既存借入の返済スケジュール見直しの組み合わせで、多くのケースでDSCR 1.2以上に設計できます。「設計できていない状態で持ち込む」ことと「設計した上で持ち込む」ことは、審査担当者の印象が全く異なります。
特例承継計画は税理士に任せれば大丈夫ですか?
申請書類の作成は税理士に委任できますが、計画の内容(後継者名・承継時期・事業の継続性に関する方針)はオーナーが判断する必要があります。特に「承継後5年間の雇用確保要件」は計画に明記する必要があり、現実的な数字での合意が前提になります。税理士任せにすると、後でこの条件を満たせないリスクが生じることがあります。
2027年9月30日と12月31日の2つの期限は何が違いますか?
2027年9月30日は特例承継計画の都道府県提出期限です。この計画を提出することで、特例税制の「適用対象者」として認定されます。一方、2027年12月31日は実際の株式贈与を実行する期限です。計画を提出しても贈与を実行しなければ税制優遇は受けられません。また、贈与実行後は2028年3月15日までに贈与税申告書を提出する必要があります。






