「採用が決まったので、早期再就職支援等助成金を申請したい」——シリーズA〜Bの採用拡大フェーズに入ったスタートアップから、こういう相談が急増している。

結論から言うと、この相談の約4割は申請不可だ。令和8年4月8日の改正で制度が大幅に変わったにもかかわらず、令和7年度の感覚で動いているスタートアップが多い。採用後に相談を持ち込んできた時点で、すでに詰んでいるケースがある。

本記事では、早期再就職支援等助成金(中途採用拡大コース)でスタートアップが構造的に不支給になる3パターンを整理する。逆算スケジュールと合わせて解説するので、採用計画中の段階で読んでほしい。

早期再就職支援等助成金(中途採用拡大コース)とは

中途採用者の雇用管理制度を整備し、中途採用比率を高め、採用した労働者の賃金を前職より5%以上引き上げた事業主に対して支給される助成金だ。令和8年4月8日改正後の主要スペックは以下のとおり。

項目内容
助成額中途採用者1人あたり20万円(成長要件加算:最大30万円)
上限1事業所・1年度あたり20人(最大600万円)
主な要件中途採用計画の事前届出、前職賃金比5%以上上昇、6ヶ月以内離職率20%未満
令和8年度廃止45歳以上優遇のBコース
令和8年度新設成長要件加算(対象1人あたり+10万円)

スタートアップでよくあるのが、「採用コストを補填できる助成金だ」という認識で相談に来るパターンだ。制度設計の目的は「中途採用を拡大し、転職者の処遇改善を後押しする」ことにある。助成金の趣旨を理解した上で採用計画から逆算する姿勢が、受給の大前提になる。

【パターン1】中途採用計画書の後出し

なぜ起きるか

中途採用拡大コースには、採用前日までに中途採用計画書を所轄の都道府県労働局に届け出る義務がある。しかしスタートアップの「まず採用を決める、手続きは後」という文化と、この事前届出要件は根本的に噛み合わない。

採用内定の連絡を出した翌日に「助成金使えますか」と社労士に連絡してくる。これが最多パターンだ。計画書が採用後の提出になった時点で、その採用者は対象外になる。理由も返金もない、ただの取り逃しだ。

よくある誤解3点

  • 「ハローワークに求人を出していれば自動的に対象になる」→ 計画書の届出は別手続きで必須
  • 「内定後でも計画書を遡及提出できる」→ 採用前日が絶対的な期限。遡及不可
  • 「採用1名なら計画書不要」→ 採用規模に関わらず、1名でも計画書が必要

防止策:Slack即時通知が唯一の構造的解決策

採用計画が経営会議でOKになった日のうちに、SlackのHRチャンネルで社労士に同時通知する体制を作る以外に、このパターンを構造的に防ぐ方法はない。「採用OK→翌営業日に計画書提出着手」の動線を採用プロセスに組み込む。内定通知を出す前に、計画書が都道府県労働局に受理されていることを必ず確認する。

【パターン2】前職賃金比5%以上上昇の証明失敗

令和8年度から5%が必須要件に格上げ

令和8年4月改正で、前職賃金比5%以上の賃金上昇が支給要件の中核になった。令和7年度まで努力義務的な扱いだったものが、不支給事由として明確化された。令和7年度の申請実績があるスタートアップほど「同じ設計でいける」と思い込んでいて危ない。

計算ミスの3パターン

①フリーランス出身者の前職賃金を証明できない

フリーランス・業務委託から直接転身した中途採用者の場合、前職賃金を証明する書類が存在しないケースが多い。給与明細も離職票もない。この場合、職業安定業務統計に基づく職種別・都道府県別の算定式でみなし前職賃金を算出することになるが、スタートアップが採用しやすいエンジニア・デザイナー職はみなし額が高め。採用提示額が5%上昇に届かないケースがある。採用前に社労士と試算しておくことが必須だ。

②固定残業代の扱いを誤る

前職賃金との5%比較は、基本給ベースで行う。固定残業代(みなし残業代)は所定外賃金相当のため、算定基礎から除外しなければならない。月給35万円(うち固定残業代8万円)の採用者に月給36万円を提示したとしよう。額面では1万円増えているが、基本給ベースで見れば27万円→28万円の比較になり、上昇率は3.7%。5%には届かない。固定残業代を含む月給同士で比較している採用担当者が多く、このミスが頻出している。

③前職賃金確認書類を採用プロセスに組み込んでいない

前職賃金の確認書類(雇用保険被保険者離職票-2・給与明細・退職時証明書等)は、候補者の同意を得た上で採用選考中に収集する必要がある。入社後に「書類を出してほしい」と依頼しても、廃棄済み・紛失・「出したくない」というケースが後を絶たない。前職賃金確認書類の提供を採用条件の説明事項として、オファー面談の段階で行う設計が現実的だ。

防止策

制度を先に整えてから採用を進める、という発想の転換が必要だ。オファーレターを発送する前に、以下の3点を確認する。

  1. 前職賃金確認書類を候補者から収集できているか
  2. 固定残業代を除外した基本給ベースで5%以上の上昇になっているか
  3. フリーランス出身者の場合、みなし前職賃金で5%以上を達成できているか

【パターン3】雇入れから6ヶ月以内の離職率が20%を超える

5名採用で1名離職でアウトになる計算

中途採用拡大コースの申請単位は「計画期間中に採用した中途採用者のグループ」だ。このグループの中で、雇入れから6ヶ月以内に離職した者の割合が20%以上になると、申請単位全体が不支給になる。

5名採用した場合、1名が6ヶ月以内に離職した時点で20%に達する(要件は20%未満)。つまり実質的に「ゼロ離職」が求められる水準だ。採用拡大フェーズで一気に複数名を採用したスタートアップが、1名のミスマッチ退職で全員分の助成金を失うケースが発生している。

PIPからの退職も離職割合にカウントされる

「自己都合退職」や「合意退職」であっても、雇入れから6ヶ月以内の離職はすべて算定対象だ。スタートアップで多いパフォーマンス改善プロセス(PIP)の末の合意退職も含まれる。「会社都合じゃないから大丈夫」「本人が辞めたから問題ない」という誤解が多い。PIPを発動した段階で社労士に相談し、助成金への影響を事前に確認しておくことが重要だ。

実際の影響規模

シリーズAのスタートアップが、バックオフィス強化のために5名を中途採用するケースを想定する。1名が入社4ヶ月で「文化的ミスマッチ」を理由に退職した場合、残り4名分(合計80万円)の助成金が丸ごと取り逃しになる。社労士報酬・採用コストを合算すると純損失になる。採用コストの補填を期待していた施策が逆効果になるという構造だ。

防止策:6ヶ月オンボーディング設計を助成金要件と連動させる

採用計画の段階から、6ヶ月間のオンボーディングKPI設計を助成金の離職率要件と連動させる。特に入社1〜3ヶ月目の1on1頻度・目標設定・フィードバックサイクルを構造化する。PIPを発動する可能性がある候補者を採用前のリファレンスチェック段階でスクリーニングすることも有効だ。

逆算申請フロー:採用計画確定から受給まで

以下が、スタートアップが早期再就職支援等助成金(中途採用拡大コース)を確実に受給するための逆算スケジュールだ。

  1. 採用計画確定(雇入れ予定日の30日以上前):Slackで社労士チャンネルに即時通知。計画書の届出準備開始。前職賃金確認書類の収集方法を採用フローに組み込む
  2. 中途採用計画書を都道府県労働局に届出(雇入れ前日まで):受理確認後、初めて内定通知を発送。受理前の内定連絡は絶対にしない
  3. 採用・入社(T=0):前職賃金確認書類の収集完了確認。固定残業代除外後の基本給で5%上昇済みの条件で雇用契約締結
  4. 6ヶ月間のオンボーディング実施:月次1on1・目標KPI管理・離職リスクのモニタリング。PIP発動前に社労士相談
  5. 6ヶ月経過後〜2ヶ月以内に支給申請:前職賃金証明書類・賃金台帳・出勤記録・離職者ゼロの確認書類を揃えて申請

令和8年度改正の3つのポイント(比較表)

改正内容令和7年度まで令和8年4月〜
助成額の設計事業所単位の定額(採用人数連動なし)中途採用者1人あたり20万円(最大30万円)
45歳以上優遇Bコースあり(通常より多い支給額)Bコース廃止。45歳以上も通常額のみ
前職賃金5%上昇努力義務的な位置づけ必須要件として不支給事由に明記

令和7年度の申請実績があるスタートアップが「去年と同じ設計でいける」と思い込んでいると、Bコース廃止と5%必須化の2点でつまずく。毎年4月の改正内容を確認してから設計するのが原則だ。

まとめ:採用計画と同時に助成金設計をする

早期再就職支援等助成金(中途採用拡大コース)は、採用拡大フェーズのスタートアップにとって1人あたり最大30万円が積み上がる助成金だ。20名採用なら最大600万円になる規模感は無視できない。しかし、採用後に相談を持ち込んでくる限り、この助成金は取れない。

3パターンの不支給構造を整理すると、すべてに共通する根本原因が浮かぶ。スタートアップの「まず動く、整えるのは後」という文化と、助成金の「計画書事前届出→実施→申請」の順序要件が、本質的に噛み合っていないことだ。

採用計画が経営会議でOKになった日のうちにSlackで社労士に連絡する。これだけでパターン1(計画書後出し)はほぼ防止できる。パターン2はオファー面談への前職賃金書類収集の組み込みで対処する。パターン3は6ヶ月オンボーディング設計で構造化する。助成金は人事制度の副産物として付いてくるものであり、採用の「後出し」で設計するものではない。

よくある質問(FAQ)

Q1. 中途採用計画書の提出期限はいつまでですか?

採用予定者の雇入れ日の前日(採用前日)までです。内定通知を発送する前に、都道府県労働局で計画書が受理されていることを確認してください。メール等で受理確認が取れるまでは内定連絡を出さないルールを採用チーム全員に徹底することが重要です。

Q2. フリーランス出身者の「前職賃金」はどう計算しますか?

離職票・給与明細・退職証明書等の確認書類が存在しない場合、職業安定業務統計に基づく職種別・都道府県別の算定式によって前職賃金みなし額を算出します。エンジニア・デザイナー職のみなし額は高めに設定される傾向があり、採用提示額が5%上昇を下回るリスクがあります。採用前に社労士と試算することを推奨します。

Q3. PIP後の合意退職は6ヶ月離職率にカウントされますか?

カウントされます。「自己都合」「合意退職」にかかわらず、雇入れから6ヶ月以内の離職はすべて算定対象です。PIPを発動した段階で社労士に相談し、助成金への影響を事前にシミュレーションしておくことが重要です。

Q4. 45歳以上の中途採用者に優遇はなくなりましたか?

令和8年4月1日をもって、45歳以上を優遇するBコースは廃止されました。45歳以上の採用者も通常の1人あたり20万円(成長要件加算で最大30万円)の適用となります。令和7年度にBコースで申請実績があるスタートアップは、令和8年度の予算計画を修正してください。

Q5. 成長要件加算の+10万円はどう取得できますか?

成長要件加算は、採用した中途採用者が政府が指定する成長分野に関連する業務に従事することが条件です。令和8年度版の公募要領で定める成長分野の定義を確認し、採用者の業務内容が合致するかを計画書提出前に確認してください。加算要件の誤認による申請書の差し戻しを防ぐため、社労士との事前確認が鉄則です。

参考文献

  • 厚生労働省「早期再就職支援等助成金(中途採用拡大コース)ガイドブック(令和8年4月8日以降版)」(厚生労働省
  • 厚生労働省「早期再就職支援等助成金(中途採用拡大コース)様式ダウンロード(令和8年4月8日以降の中途採用計画の対象者に係る申請の場合)」(厚生労働省
  • 労働新聞社「令和8年度の雇用関係助成金 パブリックコメント案から読む改正ポイント」(労働新聞社
  • SAS社会保険労務士事務所「賃上げを伴う中途採用を後押し 早期再就職支援等助成金(中途採用拡大コース)令和8年度改正」(SAS社会保険労務士事務所