「主任エンジニアの父親が倒れた。本人が介護休業を取りたいと言っている。助成金は使えますか?」

シリーズBのSaaSスタートアップのCFOから、朝Slack確認中にこのメッセージが届いた。結論から言うと、使える。両立支援等助成金の介護離職防止支援コース(介護休業)は、介護休業を取得させた中小企業に最大80万円を支給する制度だ。令和8年度からは有給の介護休暇制度を整備した企業への支援も新設され、活用の幅が広がっている。

ただし、年間100件超の助成金を処理してきた中で、介護離職防止支援コースは「取れるはずなのに取れない」企業が育休系より明らかに多い。育休は「妊娠がわかってから動く」でもギリギリ間に合うことがあるが、介護は「介護支援プランの策定タイミング」が助成金の起算日に直結するため、発生後に慌てると必ず書類が揃わない。

スタートアップの「まず動いて、整えるのは後」という文化と、介護離職防止支援コースの「事前制度整備が前提」の要件は本質的に噛み合わない。本記事では、スタートアップが介護離職防止支援コースで陥る3つの不支給パターンと、令和8年度の制度拡充を踏まえた連携設計を解説する。

介護離職防止支援コースの全体像(令和8年度版)

コースの種類と支給額

介護離職防止支援コースには大きく3つの区分がある。

コース中小企業(1人目)中小企業(2人目以降)有期雇用者取得時加算
介護休業コース80万円30万円+10万円
介護両立支援制度コース30万円10万円+10万円
有給介護休暇制度有給化支援(令和8年度新設)30万円(年10日以上の場合50万円)

※中小企業事業主のみ申請可能。支給額は各支給要領を確認のこと。

コース選択の判断基準

介護休業コースは「1ヶ月以上の介護休業を取得させた場合」が対象。介護両立支援制度コースは「介護フレックスタイム制・所定労働時間短縮・深夜業の制限」等の両立支援制度を3ヶ月以上利用させた場合が対象だ。

シリーズA〜Bのスタートアップで多いのは「介護をしながらフルリモートで働かせたい、でも介護休業は取りたくない」という社員のケースで、この場合は介護両立支援制度コースが適用できる可能性がある。ただし、就業規則にフレックスや短時間勤務が規定されていることが前提になる。

申請の流れ(介護休業コース)

  1. 就業規則に介護休業制度を規定する
  2. 介護が必要な状況が発生→対象労働者と上司が面談→「仕事と介護の両立支援 面談シート兼介護支援プラン」を策定
  3. 介護支援プランに基づく措置を実施(介護休業取得等)
  4. 介護休業取得(1ヶ月以上)→職場復帰
  5. 職場復帰後6ヶ月間継続雇用
  6. 6ヶ月継続就業終了翌日から2ヶ月以内に申請

この流れのどこかが欠けると即不支給になる。以下の3パターンがその典型だ。

パターン①:個別面談の実施記録が残っていない

スタートアップでよくあるのが、「面談はした。でも記録がない」という状態だ。

介護離職防止支援コースでは、対象労働者とその上司が介護発生後に「個別面談」を実施し、「仕事と介護の両立支援 面談シート兼介護支援プラン」(厚生労働省の様式)を作成することが必須要件になっている。Slackのやり取りや口頭での確認では代替できない。

スタートアップの典型的な失敗は3類型に分かれる。

①-1:面談を「した」が書面記録がない

上司と本人がオンラインで30分話した。介護支援プランの内容もSlackで共有した。しかし厚生労働省の様式を使った書面がない、上司のサインがない、という状態で申請すると書類不備で返戻される。

①-2:面談シートの日付と実際の実施日が矛盾している

後から書類を整えようとして、面談シートに「事後の日付」を記載してしまうケースがある。申請後の審査で介護休業取得日や出勤記録と突合されると矛盾が露呈する。助成金審査では証拠書類間の整合性を必ずチェックする。

①-3:介護支援プラン策定の前に介護休業が始まっている

「介護が必要になったのでとりあえず休業させた、後から助成金の書類を整えよう」という流れで動くスタートアップが複数あった。介護離職防止支援コースでは、面談→介護支援プラン策定→措置実施(介護休業取得)の順序が必須。プランの策定前に休業が開始されていた場合は、そのプランに基づく措置として認められない。

対策:「介護が発生した」報告がSlackの社労士チャンネルに届いた時点で、48時間以内に面談日を設定・面談シート様式を送付するフローをオペレーション化する。育休でも同じ仕組みを使っているクライアントは、介護でも自然に動ける。

パターン②:介護支援プランに盛り込んだ措置が就業規則に規定されていない

介護支援プランに「テレワーク・短時間勤務・フレックス」と書いたが、就業規則にその制度が規定されていない。これで不支給になるケースが複数あった。

特にスタートアップで起きやすいのが2つのパターンだ。

②-1:就業規則の介護関連規定が育児介護休業法2025年10月改正に未対応

育児介護休業法は2025年10月に「柔軟な働き方選択制度」が義務化された。介護を行う労働者に対して、①所定労働時間の短縮、②フレックスタイム制、③始業・終業時刻の繰上げ・繰下げ、④テレワーク、⑤介護休暇(所定外労働免除)の中から2つ以上を就業規則に規定することが義務化された制度だ。

IPO準備中のスタートアップクライアントの労務監査を実施した際にも、2025年4月改正分は対応済みでも10月施行分が未対応のケースが7割近くあった。この状態で介護支援プランに「テレワーク可」と書いても、就業規則に規定がなければ「会社が提供できる制度として認定されていない措置」となり、助成金の対象にならない。

②-2:就業規則の「雛形のまま放置」が介護両立支援制度コースを封じる

介護両立支援制度コースは、就業規則に介護フレックスタイム制・短時間勤務等が規定されており、かつ対象労働者が3ヶ月以上継続して利用したことが要件だ。就業規則をテンプレートのまま運用しているスタートアップでは、「育児のための短時間勤務」は規定されていても「介護のための短時間勤務」が規定されていないケースが多い。育児と介護では就業規則の規定条文が別になるため、育児用の規定だけあっても介護には使えない。

対策:制度を先に整えてから介護が発生するのを待つ、のが本筋。就業規則の一括整備時に「介護関連5点セット」(介護休業規程・介護短時間勤務・介護フレックス・柔軟な働き方選択制度・介護休暇)を同時に整備することで、介護離職防止支援コースの全コースに横断的に対応できる。

パターン③:申請期限の起算日を育休と混同している

介護離職防止支援コースで最も多い実務上のミスが、申請期限の起算日の誤認だ。育休関連の助成金申請経験があるスタートアップほど、起算日を混同して申請期限を過ぎてしまう。

③-1:介護休業コースの申請期限(育休との違い)

介護休業コースの申請は「職場復帰後6ヶ月間の継続就業期間が終了した翌日から2ヶ月以内」だ。つまり介護休業が終わってから最低6ヶ月待つ必要がある。「介護休業が終わったら申請できる」という誤解で、復職直後に申請しようとして期限外と判断されるケースがある。

一方、出生時両立支援コース(育休)の申請は育休取得後の起算日が異なる。育休系の申請フローを介護に横展開すると必ず誤る構造になっている。

③-2:介護両立支援制度コースの申請期限を「利用開始日」から計算している

介護両立支援制度コースは対象労働者が制度を「3ヶ月以上継続利用」したことが要件であり、申請できるのはその3ヶ月が経過した後だ。「制度利用を開始したタイミングで申請書類を用意しておけばいい」という感覚で動くと、3ヶ月の継続利用前に申請してしまうか、終了から申請期限(2ヶ月以内)を過ぎてしまうかのどちらかになる。

③-3:少人数のバックオフィスが期限管理を属人化している

以前、両立支援等助成金の申請期限切れで不支給になったクライアントがいた。育休取得者の申請で「育休開始日から起算」と誤認して期限を過ぎたケースだった。あの経験から、全クライアントに「介護・育休が発生したら即座にSlackの社労士チャンネルに投稿→申請スケジュールを社労士がカレンダー設定する」フローを標準化した。少人数のバックオフィスが期限管理を頭の中でやっている限り、育休でも介護でも同じ期限ミスが繰り返される。

対策:介護が発生したタイミングで申請期限をGoogleカレンダーに登録するオペレーションを仕組み化する。介護休業コースなら「復職日+6ヶ月+2ヶ月(申請期限)」を即時登録する。

令和8年度新設「有給介護休暇制度有給化支援」との連携設計

令和8年度から、法定の介護休暇(無給が多い)に加えて、有給の介護休暇制度を就業規則に整備し、対象労働者が利用した場合に30万円(年10日以上の場合は50万円)が支給される制度が新設された。

活用のポイント

法定の介護休暇は年5日(対象家族が2人以上の場合は年10日)取得できるが、無給のケースが多い。スタートアップが「介護休暇を有給化する」就業規則規定を設けると、制度導入の助成金(30万円〜50万円)を受給できる。さらに、対象労働者が実際に有給介護休暇を年10日以上利用した場合に50万円が支給される仕組みだ。

介護休業コースとの併用設計

有給介護休暇制度を整備した上で、本格的な介護状態になった社員が介護休業に移行した場合は、介護休業コース(最大80万円)と有給介護休暇制度支援の両方を組み合わせられる可能性がある。ただし就業規則の一括整備が前提になる。

具体的には以下の設計になる。

  1. 今すぐ整備:就業規則に「介護休業・介護短時間勤務・介護フレックス・有給介護休暇(法定休暇の有給化)」を一括規定(柔軟な働き方選択制度の2つ以上選択も同時対応)
  2. 制度運用開始:有給介護休暇制度有給化支援を申請(30万円/50万円)
  3. 介護状態の深刻化時:介護支援プランを策定→介護休業コースへ移行申請(最大80万円)

就業規則の一括整備で、複数コースの土台を同時に作るのが最も効率的だ。

スタートアップ向け予防策まとめ

年度初めにやるべき3つの整備

  1. 就業規則の介護5点セット整備:介護休業・介護短時間勤務・介護フレックス・有給介護休暇・柔軟な働き方選択制度の2種以上を一括規定
  2. 面談シートのテンプレート準備:厚生労働省「仕事と介護の両立支援 面談シート兼介護支援プラン」を社内フォルダに保管し、上司に使い方を事前説明しておく
  3. Slack社労士チャンネルのオペレーション化:「介護が発生した」報告があった時点で即座に投稿→社労士が面談設定・申請カレンダー登録を行う体制を作る

介護離職防止支援コースとIPO審査の関係

IPO準備中のスタートアップにとって、介護離職は「中核人材のリテンション」という文脈でN-2期の労務監査で問われることが増えている。介護休業制度の整備状況と実際の取得実績は、労務コンプライアンスの審査項目になりつつある。助成金の受給だけでなく、IPO審査での説明可能性という観点からも、制度先行整備が合理的だ。

よくある質問(FAQ)

Q1. 介護離職防止支援コースはスタートアップ(社員10〜30名規模)でも申請できますか?

申請できる。介護離職防止支援コースは中小企業事業主を対象としており、スタートアップも申請資格がある。ただし「就業規則の整備」と「個別面談シートの作成」が必須要件のため、制度を先に整えてから申請するという順序を守ることが前提になる。

Q2. 介護休業コースと介護両立支援制度コースは同時に申請できますか?

同一の対象労働者について同時申請はできないが、別の対象労働者であれば両方を申請することは可能だ。また、対象労働者が介護両立支援制度(短時間勤務等)を利用した後、介護状態が悪化して介護休業に移行した場合は、両方のコースを順次申請できる可能性がある(各コースの要件を個別に確認のこと)。

Q3. 社員に「介護が発生している」と報告を受けたらまず何をすればいいですか?

まず社労士への共有と、面談日の設定だ。「仕事と介護の両立支援 面談シート兼介護支援プラン」の様式を準備し、対象労働者と上司が面談できる日程を48時間以内に確定させる。面談シートの記載内容(措置の種類・期間)が後の助成金申請に直結するため、面談の質を確保することが重要だ。就業規則に介護関連規定があるかも同時に確認する。

Q4. 有給介護休暇制度を新設した場合、30万円はいつ申請できますか?

令和8年度新設の有給介護休暇制度有給化支援は、就業規則に有給介護休暇制度を規定し、対象労働者が利用した後に申請する。年10日以上の有給介護休暇を就業規則に規定し、実際に利用があった場合は50万円の支給対象になる。申請期限の詳細は厚生労働省の最新支給要領を確認すること。1事業主1回限りの支給となる。

Q5. 介護支援プランに「テレワーク可」と記載したが、就業規則にテレワーク規程がない場合はどうなりますか?

就業規則に規定されていない措置は「介護支援プランに基づく措置の実施」として認められない可能性が高い。介護支援プランの策定前に就業規則の規定内容を確認し、実施可能な措置のみを盛り込む必要がある。テレワーク規程が未整備なら、プランには「短時間勤務」や「フレックスタイム制」(就業規則に規定済みの場合)を記載することを検討すること。

参考文献・公式リソース

  • 厚生労働省「両立支援等助成金のご案内(令和8年度)」(厚生労働省公式サイト)
  • 厚生労働省「仕事と介護の両立支援 面談シート兼介護支援プラン」(様式)
  • 厚生労働省「令和8年度 両立支援等助成金改正内容について」(各都道府県労働局)
  • 育児・介護休業法(令和7年10月施行改正分:柔軟な働き方選択制度)
  • 社会保険労務士法人エリクス「令和8年度 両立支援等助成金が拡充されます(令和7年度との比較つき)」